「私のうちに、遊びに来ない?」


梨乃が少しためらいがちに言った。








::〜7月25日の進展〜::










セミが最も元気がいい時期。夏休み。

今日も元気に鳴いている。

風に揺れた木々から、チカチカと太陽の光が見え隠れする。

ややあって、ジジッとセミが鳴くと蒼空へ向かって羽ばたく。

次の目的地は何処の木か、はたまたどこかの建物か。

そんな事はセミ任せ。あっという間に小さくなると、高く青い空に吸い込まれていった。


「うげぇ……まだ午前中だってのに、あちいなぁ」


額からつたる汗をぬぐいながら、俊介は誰にとでもなく呟いた。

まだ家を出てから5分くらいしか経っていないのに、もう汗が流れてる。

今日も暑くなりそうな予感。

こんな日に限って今年一番の暑さはないだろうに…と心の中で愚痴る。

つー。

いまぬぐったばかりなのに、もう次の汗が額をつたり頬を通過していった。


「梨乃もこんなんじゃバテるだろうなぁ。……もし先に公園着てたら困るから、急ごうっと」


最後にもう一度ぬぐって、少し早歩き気味になって向かう先である公園へと急ぐ。

なぜ俊介が梨乃と公園で待ち合わせをしているのか。

それは、夏休みが始まる前日の昼、ちょうど終業式が終わった帰りのことだった。



『なぁ梨乃っぺ』

『ん?』

『夏休みってヒマ?』

『え……まぁ忙しいって事はないよ。うん。それがどうかしたの?』

『いやさぁ、明日から夏休みだろ? だからさ“でぇと”でもどうかと思って』

『でっでーとぉ!?』

『そそ、でぇとでぇと。なかなかイイ案だと思わないかね』

『で、でもでも……私たちって別に……』

『梨乃っぺ』

『は、はい……』

『でぇと=恋人案はシロートの考えだ! ちなみに、俺が言ったのは“デート”じゃないぞ? “でぇと”だ!』



……実際にはもう少しやり取りがあったのだが省略。

今の俊介の言ってる事、梨乃だからこそ通用したが、実際かなり無理がある。

梨乃以外のどんな人だって、きっと同じような反応をするだろう。

これは俊介が梨乃の硬さを取り払おうといろいろ言ってるうちの一つである。

学校内ではしないが、帰りなど二人の時はとにかく話すことに慣れてもらおうといろいろやっていた。

その甲斐あって、梨乃は当初のような、どもり、はほとんど無くなって普通に喋れている。

笑顔を見せる回数も日増しに増えていった。

そんな中で俊介が言った、半分冗談で半分本気、のでぇとの誘い。

言葉を聞くだけなら凄い事だが、実際はただ出かけるか〜と言うもの。

真実を知った梨乃が冗談交じりの怒りを見せたのは言うまでもない。

まぁ……そんなこんなで今日この日、俊介と梨乃は出かけるわけだ。



「あ、俊介君遅いよ」

「いや、わりぃわりぃ。……って言うかまだ時間じゃないぞ?」

「時間どおりに着いたら悪いかなと思って早めに出たんだけど……ちょっと、早すぎた……かな?」

「どれくらい居た?」

「えっと……5分くらいかな」

「そっか〜。早く着いたならこんな日向にいなくっても良かったのに。直射日光浴びて日焼けしちまうぞ」

「日焼けは大丈夫。クリーム塗ってあるから」


スッと自分の腕を俊介に見せる。

梨乃の白い肌が陽に当たってまぶしい。


「暑くないか?」

「ううん……平気だよ」

「そうか……? 何か額から汗出てるから説得力無い気が」

「女の子は汗はかかないよ」

「ほ〜梨乃も冗談を言うようになったか! いやぁお兄さんは嬉しいぞ」

「俊介君が毎日喋ってるからね」

「おいおい、それ聞こえようによっては俺だけが喋ってるみたいじゃん」

「……違うかな?」

「まぁ、どちらかと言えば俺だけどさ。梨乃っぺも喋ってるだろ〜」

「うふふっそうかもね」

「そうかもって……まぁいいや。それより、いつまでもここで話してても勿体無いから出発しようぜ」

「えっと、何処に行こうとしてるの?」

「ふふふ……聞いて驚くな! 実はまだ決まってないのが現状だったりっ」

「あらら…」


言い出しっぺがこれである。

梨乃が苦笑いするのも無理はなかった。

結局何処へ行くかも決めぬまま、とりあえず公園を後に。

ここまではいつも通りな感じだった。

公園から出てまっすぐ続いた道を、曲がるまでは…


「川沿いの道歩いていくか」

「うん」


と、ここで二人が道を曲がった時だった。

どんっ。


「いたっ」


外側を歩いていた梨乃が誰かとぶつかった。

向こう側も、体格が良いくせに何故か痛がってる。

でもどうみても痛そうに見えない。

きっとこれは……わざとだ。


「いってぇなぁ。お前どこ見て歩いてんだ」

「あっす、すいません……」

「あーいてて。こりゃきっと骨折だな。俺今まで骨折した事ねぇのにどうしてくれんだよ」

「え……骨折って」


と、ここで骨折を主張してる男の隣にいたのが、ニヤニヤしながら手を出してきた。


「慰謝料、払えよ」

「え、えぇ?」

「あん? テメェ人の骨折っといてゴメンナサイも無しか? 金が無いんだったら……身体で払ってもいいんだぜ?」

「か、身体……!?」


いくらなんでも、これが何を意味するかは誰だって分かる。

梨乃の表情が一気に青くなった。

そこに、今まで隣で見ていた俊介が一歩前に出て、骨折を主張してる男の前に立った。


「な、なんだおめぇ」

「ふむ……骨折ねぇ。ホントにしてんのか?」

「あぁ? ったりめぇだろ! 俺がしてるっつったらしてんだよ。馬鹿かテメェ?」

「……肘のあたり骨折って事は、そりゃ重傷だな」

「そ、そうだよ。だから慰謝料払えってんだよ」

「だったらきっと…………こんな感じに曲がってるんだろうなぁ!」


グキゴキ…


「がぁッ!!」


骨折男が変な声を上げた。

見れば、本来腕が曲がらない方向に強引に曲げようとしている。

どうやら、さっきの発言にピクッときたようだ。


「女の子とぶつかったくらいで骨折するようじゃカルシウムが足りないっつの。牛乳飲め。牛乳」

「なっ…なんだとこの野郎。人が黙って聞いてりゃいい気になりやがって。大体テメェはカンケーねぇだろ。外野がしゃしゃり出てくんじゃね」

「外野じゃない。内野だ」

「は? お前本当に頭おかしいんじゃないのか?」

「少なくても、お前達よりはしっかりしてるぞ」


自称骨折男とその相棒は、当初の目的を忘れて完全に俊介に気が向いていた。

それを知ってか知らずか、さりげなく梨乃を曲がり角の塀の裏に隠す。

そして小さく一言、楽しい夏休みの始まりだな、と。

これが言葉のままの意味じゃないことは梨乃にだってすぐに察しがついた。


「大体女の子相手に何ムキになってんだよ。子供じゃあるまいし。あ、頭ン中はガキって事か」

「てめ……自分の立場分かって言ってんのかコラ。マジで殺すぞ」

「殺すねぇ。ホントに殺したら一生刑務所生活だな。他のバカどもと一緒に仲良く鉄格子生活をエンジョイ?」

「……ちっこの野郎!」


ブンッと勢いよく右手からパンチが繰り出される。

コースは間違いなく顔面直撃!

しかし、それが目標に命中する事は無かった。

勢い余ったパンチが、慣性の法則にしたがって空しく空を切る。

ある意味カッコ悪い瞬間だ。


「おいおい、何処にめぇ付けてんだよ」

「っこの野郎。マジで死にてぇのか!」


ブンッ!


今まで会話に参加していなかったチンピラCが殴りかかる。

しかしまたもそれは何もない空間を切るだけ。

続いてD,Eと続くが何故か一発も当たらなかった。

……彼らは、誰か一人が俊介を捕まえてリンチにするという方法に気が付かないのだろうか?

ただ、一人一人が代わる代わるに攻撃を仕掛けてくだけ…

効率悪いったらありゃしない。


「この野郎……ちょこまかちょこまかウザイんだよ!」


最初のうちは涼しい顔して避けていた俊介だったが、流石にこの暑さだ。

額に粒上の汗をかき始めた頃から動きが少しずつ鈍くなってきた。

このままでは命中してしまうのも時間の問題。

しかも相手は一人ではないので更に劣勢に追い込まれることになる。

さっきまでの事を考えると、捕まったらただじゃ済まないだろう。

それぐらいの察しはつく。


「だ〜から、それは当たらないっつー」


どすっ


「の……えっ?」


背中に何かがぶつかった。

塀にしては硬くない。じゃあこれは?

振り返ると、そこには人が。しかも二人。じっとこちらを見ている。

まさかこれは……囲まれた!?

俊介の脳裏にピンチの文字がよぎった。

ここまでか…!!

二人のうちの右側が口を開いた。


「少年、なかなか良い避けしてんじゃん。手馴れてる?」


………………


「はぁ?」


一瞬、何が起こったのかわからなかった。

相手の援軍かと思って身構えようとしたとき、全く持って考えもしなかった一言。

拍子抜けとはまさにこの事と言いたくなるくらい。

そしてそれは、チンピラ共も例外ではなかった。


「お、おいっおめぇら何なんだよ」

「口出してんじゃねぇよ。すっこんでな!」


前にいたチンピラ二人がガンを付けながら言うが、当の二人は涼しい顔。

一人は胸倉を捕まれているが何も気にする様子はない。

いったい、どうなってると言うのだろう?


「あ〜あ〜あ〜……弱い奴ほどよく吼えるってか?なぁ横一」

「まったくだ」


この一言が、相手を更に怒らせたらしい。

『んだとごるぁ!』と巻き舌気味に怒鳴ると、完全に標的を変えた。

全員が、俊介ではなく今やってきた二人に睨み付ける。

それでも動じず、さらにこんな事を言い放った。


「あのさぁ、悪いこと言わないから、このまま消えな」

「今なら無事でいられるぞ」


彼らの怒りに完全に火をつけるには十二分な量だった。

その言葉と同時に、一人が勢いよくパンチを繰り出す。

延長線上には顔が。このままでは鼻付近に命中だ。

でも避けようとしない。

もう当たるっと思った瞬間、ほんの少しだけ横にずれた。

そして、つい一瞬前まで顔があった所を通り過ぎるパンチ。

空を切るかと思いきや、彼が伸ばした左手でしっかりと掴まれた。


「あ、キミ、ここは俺たちに任せて。彼女を護ってあげないと」


そのまま俊介のほうを振り向くと、ニコッと笑ってそう言った。


「………あっ、そそうだ、梨乃!!」


俊介のほうも、彼女と言われて梨乃のほうを見て慌てて元へ駆け寄った。

もし梨乃に何かあったらそれこそ大変だ。

ここは誰だが知らないけどあの二人に任せて、梨乃のこと守らないと……


「梨乃っ大丈夫か!?」

「う、うん……平気。俊介くんの方こそ怪我とかない?」

「あぁ、大丈夫だ――――」


ドスッ!!…ゴッ!!


鈍い音が聞こえてきたのはそのすぐ後だった。

見ると、チンピラが二人ほどうずくまって地面に倒れている。

共に二人に掴みかかってた奴だ。


「ま、まさか……一撃で?」


いかにも喧嘩慣れしてそうな連中だ。

一発食らった程度じゃ倒れることはないだろう。

でも、目の前には確かに倒れてうずくまる二つの屍。

そして次の一言が、一撃で相手を倒せると言う事を実感させた。


「左手で十分かな?」

「そぉっぽい」


それはまさに一瞬の出来事だった。

一言発してから一分と経たないうちに、チンピラは一人として足で立っていなかった。

全員が、真夏の太陽を浴びて半ば揺らめいているアスファルトに体をゆだねている。

いや、倒れていると言った方が適切か。

戦闘(?)が終わって、手をパンパンとはたいたかと思うと、二人はくるりと背を向けて歩き出した。


「えっあ、あのちょっと……」


思わず声をかけようとしたが、一人が振り向くことなくヒラヒラと手を振っただけで、そのまま歩いていってしまう。

残ったのは、地面に横たわる屍のみ。

こういう時は、


「お、俺たちも行くか? 梨乃」

「うん……だけど、この人たちいいの?」

「向こうから突っかかってきただけだし、いいんじゃないの? こっちは被害者だからいざという時も安心だ」


何もせずに場を離れるのが一番だ。

幸い誰も見てる人はいないし。




「ゴメンな、梨乃。出だしっからこうじゃ気分害しちまうよな」


歩き始めてしばらく、俊介がふいに言った。

梨乃にとって初めて友達と出かける今日、こんな事になってしまったことを詫びているのだ。

しかし梨乃はとんでもないと言う風に首を振った。

そして、そもそも原因は私にあったんだし……と呟く。

「梨乃はちっとも悪くなんかないさ。悪いのは注意力不足のあいつら」

「でも……」

「そういう事なの! OK?」

「……うん」


なんだか納得がいかない様子らしいが、頷いている。

それを確認した俊介は、ニッと笑うと暗さを吹き飛ばすような元気な声で言った。


「よし、じゃあ一時停止状態だったけど、今度こそ元気に行くか!!」

「…うん。そうだね。でも……」

「ん、どうした梨乃。何か問題でもあったか?」

「そうじゃないんだけど……」

「???」

「汗……かいちゃって。服とか肌とかがベタベタ」

「あ〜まぁそうだなぁ。俺もなんだかんだ言って汗だくだし。このクソ暑いのにあぁいうのあったから」

「初めてのお出かけに嫌な思い出付けたくないよ……」

「じゃあ、また……今度にするか?」

「それも嫌だよ……せっかく……だから、ね」

「おぅ」


しばらく下を向いたまま黙ってしまう梨乃。

両手の人差し指をくるくる動かしながら何かを言おうとしている。

何事かと首をかしげていると、やがて顔を上げた梨乃が俊介の目をしっかりと見据えた。

そして、意を決したように、


「私のうちに、遊びに来ない?」


と、梨乃が少しためらいがちに言った。


「えっ梨乃ん家?」

「うん……どう、かな?」

「いや、俺的には全然構わないけど。でも、行っていいのか?」

「平気だよ。家はいつも私以外に誰もいないから……」

「そうかー。なら、行ってみようかな」

「うんっ。いらっしゃいいらっしゃい」


どこか嬉しそうに先を歩く梨乃の後ろを着いて行く俊介。

内心、出かける事から家に行く事になるとは……と正直驚いていた。

オマケに、女の子の家に行くなんてものはこれまで一度もない。

つまりは今日が初めて。

緊張しない方が難しいかもしれない。

そのまま歩く事いく分か、前で梨乃が立ち止まってこちらを振り向いた。


「到着っ」

「ん、ここが梨乃の家?」

「うん」

「やっぱ……大きいな」

「あ、あはは……あんまり、気にしないでね?」

「お、おう」


とは言うものの、やっぱり気になってしまった。

さすがに漫画に出てくるような巨大な庭に広がる大豪邸! まではいかないものの、普通の家から比べれば十分に大きい。

いや、大きいと言うよりは広い。

庭だけで自分の家が二つ以上は建てられるだろうなぁ、と俊介は感じた。


「はー…………」

「中、どうぞ」

「………………」

「あれ、俊介君?」

「…えっ。あ、わりぃ。ついボーっとしちまって。それじゃ、お邪魔します……」


正門らしき門をくぐって、敷地内へ。

梨乃が普段一人でいる割には、とても綺麗に手入れされた庭が広がっていた。

まさか、これは梨乃が毎日自分でやっているのか?

と思ったその時、玄関の方でドアが開くような音がした。


「……あっお、お嬢様。お戻りになられたのですか」

「あっ大石さん。ただいま」

「お帰りなさいませ。おや、そちらのお方は……?」

「お友達、なの」

「ご友人でございますか。それはそれは」


そう言って、大石と呼ばれた人が俊介を見たので、慌てて頭を下げる。

なんか……間違った空間にいるのかな?と錯覚を覚えた。


「お嬢様がご友人をお連れになるのは初めてでございますね」

「うん。本当は出かけるはずだったんだけど、ちょっと、ね……だから、家に入ってもいいでしょ?」

「もちろんですとも。日々いつ客人が来られてもいいように手入れは行き届いております」

「どうもありがとう。さ、俊介君、どうぞ入って」

「あー、おっお邪魔します……」


やっぱり場違いな感じがした俊介だった。



「梨乃、人いるじゃん。って言うかあれは……?」


部屋に向かっている途中、梨乃に並んだ俊介はひそひそ声で尋ねてみた。

たしか、さっき梨乃は自分以外に誰もいないと言ったからだ。


「ゴメンね。隠すつもりじゃなかったんだけど、こういう事なの。あの人は、執事の大石さん。私が小さい頃からここにいるから、ずぅっとお世話になってるの。 もう一人のお父さんって感じなのかな?」

「はぁ。執事、ね……こらびっくりだわ」

「他にも、お手伝いさんとかがあと二、三人……いるの。だから、私いつも一人だなんて嘘ついちゃって……ゴメンなさい」

「いや、別に怒ってるんじゃないから大丈夫だよ。だた、ドラマとかで見るような光景が目の前で見れたから驚いてるだけ」

「あはは……あっ私の部屋はここだよ」


そう言ってドアを開けると、やっぱり広さから何からが違った。

豪華装飾品が使われてるわけじゃないが、それでも十分に豪華に見えた。


「ちょっと、ここで待っててね」

「え?」

「着替えて……くるから」

「あぁ、そういうことか。了解了解」

「あんまり変な所いじっちゃ駄目だよ」

「そ、そんな事しないから。ほれ、梨乃っぺは着替えて来いって」


ちらりとこちらを見た後に、部屋を後にした梨乃。

まぁ、無理もないといえばそうなるか。


「やれやれ……にしても、広いよな、やっぱ。俺の部屋何個分だろう?」


部屋を見回してから、窓際によった。

ここからなら梨乃の家の庭先が良く見える。

なるほど、確かにこの庭を梨乃一人で世話するのは難しい。

草むしったり花壇の花に水を上げたり木々を手入れしたり。

お手伝いさんがいないとやりきれそうもない。


「……こうして見てると、どこぞのお宅拝見番組って感じ?」


ひとしきり庭を見た後に、近くにおいてあった椅子に腰掛けふぅと一息。

そういえば、ずっと立っていたんだっけ。

さっきの事も含め、今になって疲れがどっと噴出してきた。


「はぁ〜……梨乃が来るまで、ぼぅっと待ってますかねぇ」


しかし、その言葉とは裏腹にすぐに俊介の意識はどこかに飛んでいってしまった。

途中で自分を呼ぶような声が聞こえたとも知らずに……




「…………ん。あ、あれ?」

「あっやっと起きた。おはようございます〜?」


目を開けると、近くに梨乃がいた。

何か物珍しそうな感じでこちらを見ている。


「あぁ……おはよう……って、あれ? 俺、寝ちゃってた?」

「それはもうぐっすりと。起こそうかとも思ったけど、気持ちよさそうに寝てるから起こせなかったよ」

「あ〜、それはすまない事をした。でも俺確か椅子に座ってたんじゃなかったっけなぁ」

「ベットに運んであげたんだよ」

「えっ梨乃が?」

「ち、違うよ。大石さんが運んでくれたの」

「そっか…。ゴメンな、せっかく来たのに寝ちまって」

「ううん。しょうがないよ。でも今日は俊介君の寝顔が見れたって事で」

「ぐあ……イビキとか、かいてなかったか?」

「ん〜……盛大?」

「ま、マジかよ!?」

「ううん。嘘」

「はうっ!」


初めて梨乃にはめられた俊介だった。


「ふ〜……梨乃にしてやられたか」

「いつもいろいろ話してくれるからね。覚えちゃった」

「あぁ、梨乃が変な方向に曲がってゆく……」

「ふっふっふ〜なんてね。大丈夫、曲がったりしないから。ちゃんと真っ直ぐ伸びますよ?」

「なんかめっちゃ不安!」



そして帰り際、玄関前で梨乃が言った。


「また今度、遊びに来てね」

「おうよ。来いと言われた日にゃすっ飛んで行くさ〜」

「うふふっありがとう。じゃあ……明日、でもいい?」

「明日? 全然構わないぞ。夏休み中暇でしょうがないから!」

「やった。それじゃあまた明日ね」

「ああ、じゃあな」


夕方、まぶしいほどに地面を照らしていた太陽はもう暮れかけていた。

うだるような暑さもだいぶ和らいだ。

今日の夜は涼しそうだ。


「や〜れやれ。まさか初めて行った家で寝ちまうとは……それも女の子の家で。俺も抜けてんなぁ」


明日遊びに行く時は絶対に寝ないぞ! と心に誓う俊介。

その時ちょうど、オレンジ色の空に一番星が輝いた。




「それにしましても、初めてお連れになるご友人が男の方だったとは……彼がお話になっていた千堂様ですか?」

「うん……そうだよ」

「当初聞いた時は如何なる者ぞと心配しておりましたが、杞憂に終わって安心いたしました」

「俊介君は悪い人じゃないよ。目を見れば……わかるもん」

「今度、ゆっくりお話してみたいですね」

「うん。大石さんもきっと気に入ると思うよ」

「左様でございますか」

「うんっ」


明日は一体何をしよう?

梨乃の頭の中はもう明日の事でいっぱいだった。











も ど る