どこかへのプロローグ
空が朱に染まり始めた。
この時期の夕方はそんなに長くない。
もうあと少ししたら暗くなってしまうだろう。
いつものように、最後の授業が終わって軽めのホームルームが済むと、途端に教室内がざわつく。
部活にいそしむ者。
委員会などで仕事のある者。
特にすることも無く教室で喋っている者などなど……
人それぞれに“今”を楽しんでいる。
そして、俺はと言うと何することも無いから家へと帰る。
周りにいた友人に軽く声をかけて教室を出た。
オレンジ色に染まる廊下を抜けて、人で溢れている昇降口を抜けて、校門を抜けて……
珍しく道には他に人がいなかった。
車も通ってないから実に静か。
ただ何処からともなく鳥の鳴く声が聞こえるだけ。
俺も口を閉ざしたまま、俯き加減に夕陽を背にして家へと帰っていった。
「……ただいま」
家に帰ってまず一声。
当然ながら誰の返事も無い。
それでも俺はただいまを言う。
もう慣れたことだから……
特に気にすることなく制服を脱いで私服に着替えるとベットに倒れこんだ。
「……………」
動かない天井を見つめたままふと考える。
あれから……どれくらい経ったんだろう。
二日ぐらいだろうか? 一週間くらいだろうか? 一ヶ月くらい? 半年? それとも―――
「……一年、か」
そう、実際は一年の月日が経過していた。
あの絶望に打ちひしがれた日から。
まだ信じようとしなかったあの日から。
まだ……まだ……
本当はこれが正しい日常なのかもしれない。
今までが、あり得ないような事だっただけで。
今この状況こそが、本来の姿なのだ。
俺が一人、家にいて、ただボーっと過ごしている姿が。
そうだ、あれが異常だっただけなのだ!
…………………………
バカか、俺は。
そんな事一人ごちたって何の得にもならない。
それどころか……ただ胸一杯に空しみだけが広がる。
虚無感にも似たような感覚が……。
…………………………
遠くで豆腐屋がふくラッパの音が聞こえる。
そうか、もうそんな時間なのか。
おれはどれだけボーっとしてたんだろう。
空は、いつのまにかオレンジ色から紫に近い色へと変わっていた。
今日も、一日が終わる。
そしてまた、明日という日がやってくる。
明日が過ぎたら、明後日が来て、やがて一週間、一ヶ月、半年、一年と……
それと共に季節も変わって、また俺も変わっていく。
なぁ……俺、どこか変わったか?
あの頃より、身長伸びただろう?
声だって、少し太くなっただろう?
なぁ………
ベットから起き上がると、ある壁へと目を向ける。
そこには、黄色いエプロンが掛かっている。
誰も掛ける者のいなくなったエプロン、最後に掛けられた時のまま、たたずんでいた。
歩み寄って、そっとエプロンに触れてみる。
やっぱり……あの時と同じ。
そしてそこから視線をずらせば、同じく着る者のいなくなった服が掛けられている。
どちらもお気に入りというやつで、こうやって綺麗に掛けていたのだった。
キッチリとアイロンを掛けられて、しわ一つ無いそれらは、俺と同じく主を待っているのだ。
いつ帰ってくるのか分からない主を……
「帰ってくる、か……」
最初、俺はすぐに帰ってくるものだと思っていた。
ただ何処かに買い物に行っていたような感じで。
ドアを見つづけていた事もあった。
呼び鈴を押すことなく開かれるその時を、そして、入ってくる者を……
そして―――
今日も待ちつづけたまま一日が終わってしまった。
いつ帰ってくるのか分からないキミは……
今何処で何をやっているんだろう?
あの日……俺の目の前から光の粒となって消えていったあの時から――――
俺は……キミを待ちつづけている。
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