久しぶりに故郷へと帰る。
でもまさか、あんな事になるとは思いもしなかったさ。
天使のゆびきり 〜あいにいきましょう(中編)〜
でもまさか、あんな事になるとは思いもしなかったさ。
天使のゆびきり 〜あいにいきましょう(中編)〜
―――景色があっという間に流れてく。
都会的だった建物もなくなってきて、一山越える頃には田畑の姿がちらほらと見えてきた。
そういえば、実家に帰るのも出てきた日以来か……
何十年ぶりってわけでもないのに、妙に懐かしさがこみ上げてきた。
みんな、元気にしてるかな。
帰ったら驚くだろうな……一人じゃないんだから。
しかも……今は面影なんか残ってないけど、相手は人間じゃなくて……
「総太さん総太さん、景色が流れていきますよ!」
で、さっきからその様子を食い入るように見つめているのが一名ほど。
他の誰でもない御菜だ。
電車に乗ったのが初めてなのか、動き出してからずっと外を見たままだ。
まぁ、天使の頃は飛ぶとかあったし使う必要もないか…。
ん? そもそも天使の世界にゃ鉄道なんてあるのだろうか?
いやいや、車とか飛行機とか船とか……。
そういや俺、向こうのことは何一つ知らないんだな。
今度機会があれば聞いてみるかな。
って言うかこのままいけば行くことにもなるだろうし……
御菜の……あの両親にも会わないとまずいよな?
すでに最初の段階で了承もらってるっぽいけど、でも…なぁ?
で、そしたらいよいよゴールい…………。
いやいや! 俺ってば何そこまで話を膨らませてるんだっつの。
落ち着けよ…。本当に。
「? 総太さん、どうかしましたか?」
「え、あーいやいや、何でもない。ただちょっと考え事を」
「考え事ですか?」
「ああ……か、家族にお土産でも買っていこうかなぁなんて……かな」
「そうですね。では着いたらなにか買いましょうね」
ニッコリ微笑むと、御菜はまた視線を窓の外へと向けた。
その瞳は輝いてる。まるで子供そのものだ。
うーん、まぁ御菜が喜んでるなら俺はそれでいい。
今は、そばにいるだけで十分すぎるほどだよ。
あの長かったときを考えれば……。
『まもなく、到着です。お忘れ物のないようにご注意ください――』
車内に響くアナウンス。
電車は目的地へと近づいていく……。
見覚えのある光景、特に変わったところはないみたいだな。
俺の家はここから見えないけれど、よく遊んだ公園とか、学校帰りに寄り道してた店なんかはまだその佇まいを覗かせている。
慣れ親しんだ所を飛び出して早二年、俺は再びここの土を踏む。
無意識のうちに呟いていた。
『ただいま』と…。
「到着〜っと」
「ああ、着いたな」
「これからどうするんですか? もうすぐにお家の方に行きますか?」
「んー、そうだな。まずは向かうとするか。その前にちょっと電話してくるよ。無事着いたって」
「じゃあ、待ってますね」
やっぱり周りが珍しいのか、さっきから落ち着きの無い御菜。
頼むから動かないでくれよと思いながら電話機へ向かう。
あー、こういう時携帯電話が無いって不便だよな。
俺もそのうち買うかね……
なんて事を考えてるうちに、受話器の向こうで声がした。
『もしもし、磯原です』
「あー、俺だけど……」
『オレオレ詐欺は間に合ってますよー?』
「……いや、そうじゃなくてだな。ってかその声麻衣だな?」
『あれ、ひょっとしてお兄ちゃん?』
「ひょっとしなくても、俺はお前の兄貴だな」
『すっごい久しぶりだよね? 元気してた?』
「まぁ一応な。んでさ、今こっち着いたからこれから家に向かうよ」
『そうなの? 了解ー。お母さんにも伝えとくね』
「あぁ、まぁ積もる話なんかはまたあとでな。それじゃ」
……これでよしっと。
あとは家に行くだけだ。
バスで行ってもいいけどたまには歩いてみるかな。
散歩散歩っと。
じゃあ御菜を……って、あれ?
御菜は???
今さっきここにいたはずだが、いない。
んあ、トイレか?
なんて思ったときだった。
「あっ総太さーん」
横の方から声がしたのは。
見れば御菜が行商のオバちゃんらしき人と何か話してるようだ。
そして、何か一言二言話すとこっちへ駆け寄ってきた。
…なにかの入った袋を持って。
「何か話してたのか?」
「はい。旅行ですかって言われたので。ここは静かで良いところですねって話したら、なんとこんなにたくさんのお土産を貰っちゃいました」
そう言って持ち上げたのは、紙袋いっぱいの……包装紙に包まれた箱菓子だった。
あれだな。よく土産屋に売ってるようなやつ。
しかし……貰えたのか。コレ全部?
あのオバちゃんも太っ腹というか何というか。
チラリと見てみれば、ニッコリ笑って手を振っていた。
軽く頭を下げて挨拶を返す。
まぁなんにせよ、土産を買うお金が浮いたのは大きいな。
感謝感謝ってか。
「よし、これで土産も何とかなったし、家に向かうかな」
「はい。総太さん」
御菜とそろって歩き出す。
その手をしっかり手握り締めて。
よくよく考えれば、御菜と手をつないで歩くなんて全然無かったなぁ。
まぁ、前のときは恥かしかったってのもあったと思うけど……。
これからは何処か行く時には手を繋ごう。
きゅっと軽く力を込めて握ると、御菜もそれに応えるかのように握り返してくる。
たったそれだけなのに、妙にうれしさがこみ上げてきた。
なぁ、御菜は今幸せか…?
そう心で思った。
しかし返事は無い。
前はすぐに聞こえてきた声も、もう聞こえてこない。
だから俺は声に出す。
言葉は、声に出さないと伝わらないから…
「なぁ、御菜」
「なんですか?」
「今、幸せか?」
「えっ? どうしたんですか突然」
「いや、俺は今御菜と一緒にいれて幸せだからさ。御菜はどうかなって」
ポッと、ほんのり頬が赤くなる。
でも、ニッコリと笑顔を見せるとしっかりと俺を見つめて言った。
「もちろんです。総太さんと一緒にいて幸せじゃないなんて、あり得ませんからね」
「そっか」
「はいっ」
なんだかとても暖かい気持ちになれた。
何か柔らかなものが流れ込んでくるような気持ちの中、話す言葉は少ないけど、幸せいっぱいだ。
そのまま歩いていくことしばらく。
暖かさと、懐かしさを感じながら、俺はいよいよ帰ってきた。
懐かしき、我が家へ……
――ドクンッ――
…え?
なん…だ?
――ドクンッ――
いま、なんかが……
「? 総太さん?」
御菜が急に立ち止まった俺に振り返る。
今の、なんだろ……気のせいか?
でも確かに感じた違和感。
と言うより、視界がブレ――
がばっ
『……だーれだ?』
「ッ!?」
ふいに視界が無くなる。
そして聞こえる誰かの声。
声と同時に、背中に誰かの気配と一緒に柔らかな感覚が走る。
御菜……じゃないな。
目の前にいて、そこから一瞬で移動なんて今じゃ無理だ。
それに御菜ほど柔らかくない。
御菜はもっとこう……って、そうじゃないだろ。
それは置いとくとして、じゃあ誰だこれは?
「そ、総太さん……? 後ろの方……」
「まーさか、女連れてくるなんてね。流石の私でも驚き。って言うかなんで何も言わないかなぁ」
……この声。
ひょっとしなくてもアイツだ。
さっき電話に出た……
「麻衣か。いいから手を離せ。そして離れる」
「ちぇー。バレたか」
パッと視界が開けて背中の感覚も無くなる。
振り返ると、そこには家を出たときと同じ姿の麻衣が……
麻衣、が……あ?
「おま……麻衣、か?」
「ん? そだよ。しばらく会わない間に忘れちゃったとかはナシね」
「いや、そら声聞けばわかるが……」
「じゃあなんでまた疑問系かね」
「いや……まぁ……」
さっきから“いや”って言ってばっかだな。
でもしょうがないって。
今の麻衣を見れば、な。
「背、伸びたな」
「でしょでしょ」
「髪型、変えたな」
「うん。私も高校生だし? 心機一転ってトコロです」
「でも胸は相変わらずだな」
「うっさい。どうせ80しかないですよーだ」
いーっだ、と言ってそっぽを向く。
それはともかくとして、俺の知る麻衣とは明らかに違っていた。
俺が高校に入る時、麻衣はまだ中学二年。
あの頃は背も小さかったし、髪の毛だっておかっぱだった。
胸が小さいのは変わってないみたいだが、他は様変わりもいいとこだ。
背は頭一つ分以上差があったのに、俺の鼻元辺りまで伸びてる。
おかっぱだった髪型も、毛染めこそしてないけど肩くらいまで来てるし。
何より、ガキンチョって感じだったのに、今じゃすっかり女らしく変わってて……
マジ、離れた間のブランクを超大なまでに感じた。
「まーあれだな。麻衣も成長したって事だよな。うんうん」
「見直した?」
「それはない」
「けちだねー。こういう時くらいはお世辞でも言ってほしかったな」
「ミナオシタ」
「もう遅い」
久しぶりなんて感じないくらいに、普通に話をしてる。
もう当たり前のように。
兄妹ってこんなもんだよな?
それでも、やっぱり久しぶりだから話にも花が咲くわけで…。
「まったく、お前は外見だけで何も変わってないな」
「そうかもねー。変わったのはお兄ちゃんだけかもねー」
「ん、俺が? 変わってないだろ」
「変わった変わった。って言うか何があったのってくらいに」
「そうか?」
「うん。だって彼女連れてきてるし」
「えっ、あーまぁ彼女というか……それはおいおいだな」
「………………」
「いや、だからな……つまり……」
「…ねね、お兄ちゃん」
「うん? なんだよ」
「いいの? 彼女、さっきから寂しそうだよ?」
麻衣が指差す先に、一人残されて寂しそうに俯く御菜が。
……ああ、いっいかん! 久しぶりだったものだからつい話が込んで……
「ま、まぁあれだな。立ち話もなんだから家に入るとするかな! な、御菜」
「……えっ!? あ、はい……」
急に話しかけられたものだから、御菜も驚いてこっちを見る。
なんだかよく分からないって顔してる御菜の背中を押しながら、家へと入ろうとする。
そのまま連れられるようにして、麻衣も俺の背中を押そうとした時だった。
『やれやれ、お兄ちゃんも相変わらずだなぁ』
「ん…?」
「あれ……」
ピタリ、と立ち止まる。
なんだろ。今なんか聞こえたような……。
「麻衣、今なんか言ったか?」
「え、何も言ってないよ。そういうお兄ちゃんこそ何か言わなかった?」
「なんもなんも」
『あれー??』
兄妹二人で、頭に“?”が浮かんでる。
更に言えば御菜も状況が分からないのか同じ感じだ。
…んー、なんだろうなぁ。麻衣の声が聞こえた気がしたんだけど……。
まぁ気のせいだよな。
久しぶりだから浮かれてるんだ。
ささ、家に入るかな。
ガラガラガラ…
「ただいまー。お兄ちゃん来たよ」
「たでーま」
「お、おじゃまします……」
はいはーいと言う声とともに、向こうの方からパタパタと足音がする。
廊下に引っ掛けてある暖簾みたいなのを掻き分けて顔を見せたのはお袋だ。
エプロンかけてる所を見ると、昼飯でも作ってたんだろう。
そしてまた、襖が開いて親父まで顔を覗かせてる。
あれま、いっきに全員揃っちゃったよ。
「おかえりー。無事に帰って来れたみたいね」
「そりゃ当たり前だと思うが……まぁ、ただいま。親父も久しぶり」
「あぁ。元気そうで何よりだ」
「うんうん。電話じゃあんなに態度悪かったけど、やっぱり総太は総太だね」
「あれは朝だったからめんどくさかっただけで、普段からあぁじゃないから」
「だといいんだけど。んま、あっちにいる間にちゃーんと彼女出来たみたいだから安心したよ。でも、連れてくるって言うのは意外かも?」
「あ、どうも初めまして……高麗御菜と申します。どうぞ宜しくお願い致します」
御菜が深々とお辞儀して挨拶する。
と、何か気になることでもあったのか、お袋が首をかしげた。
「高麗……御菜、ちゃん?」
「はい?」
「あっううん。御免なさい急に。ただちょっと珍しい苗字だなって思ったものだから」
「えぇ、よく言われます」
確かに……最初御菜が学校に通い始めたときはよく言われてたっけ。
そういやあの時からもずいぶん経つんだよな。
たまについこの間のように思えることがあるよ。
「……そっか。本当に一緒になれたんだ……」
「えっ?」
「ううん。こっちの話」
さっきからお袋、独り言みたいなの多いな。
なんだってんだ?
「それよりも、どうぞ上がって。荷物は総太に預けちゃっていいから」
「いや、俺もある意味客じゃ……」
「いいからいいから。そんなんじゃイイ旦那になれないぞ」
「えー」
「ささ、上がって上がって」
あっという間にお袋と麻衣に連れられて居間へと向かう御菜。
親父まで一緒に入っちゃったよ。
残された俺は両手に荷物を持ったまま一人放置っすか?
あのー、ちょっとぞんざいに扱いすぎじゃあ…。
俺、涙出そうだよ?
「総太ー。いつまでそこに立ってるの。早くおいで」
あーもー…。
マジで帰ってきたって気分になったよ。いろんな意味で。
「はいはい。分かってるって」
「ハイは一回でいいの」
「はーい」
やれやれ、と呟きながら靴を脱いで部屋へと入っていった。
のんびりとした午後…。
あー、ここで日向ぼっこなんて久しぶり……
縁側で足をブラブラさせながら、バタンと倒れこむ。
一つ向こうの居間では、御菜がすっかり打ち解けて話をしてる。
幸い親父もお袋も快く迎えてくれたみたいで、お昼を食べてる時には御菜にも笑顔が見れるようになった。
俺は一人抜け出してこうしてる。
別に居心地が悪かったわけじゃなく、こうしたかっただけ。
こうしてる時が一番好きだったからかな。
今が一番家に帰ってきたって感じにあふれてるな。
あっちの家だとベランダから足伸ばすなんて出来ないし。
たーっぷりと、身体を伸ばしてみますかね。
「総太さん」
後ろ手に静かに襖を閉めて、御菜が隣へ歩み寄ってきた。
そのまま隣に腰掛ける。
やっぱり寝転がりはしないか。
「どうしたんですか? 急に出ていっちゃいましたけど」
「んー、特に何も無いさ。ここに住んでる時にさ、こうしてるのが一番好きだったんだ。心から休めてるって瞬間。だから久しぶりに堪能したくなったわけ」
「そうだったんですか」
「御菜も寝転がれば? 昼寝できそうなほど気持ちいいぞ」
「そうしたいですけど……ちょっと行儀悪いような。お邪魔させてもらってる側ですし」
「気にすることないって。いつも家にいるみたいな感じで、遠慮なくやっちゃって」
「いつも家にいるみたい、ですか……」
御菜が空を見つめる。
青い空に、気持ちいいくらいまでに白い雲が栄えていた。
その空に目を向けたまま、御菜がポツリと話し出す。
「まだ、一日経ってないんですよね。私が、帰ってきて」
「……そうだな。なんか不思議なくらいだよな。あっという間にも感じるし、逆に全然時間経ってないのに、もうずいぶんいるみたいな気分。昨日だって、大変だったよな……」
そう。確かに御菜が帰ってきてまだ一日経ってない。
昨日のあの時、お互い涙を流しながら玄関前で抱き合っていた。
もう離さないって堅く誓いながらね…。
でもまさか、来訪者があるなんて考え付かないだろ?
それもいきなりドア開けて…なんてさ。
そうやって入ってきたのが、悠也、彰、秋伸と、それと彩音。
なんとも関連の無い繋がりだけど、四人揃って押しかけてきた。
……ちょうど抱き合ってる所に。
その段階でまたてんやわんやの大騒ぎだった…。
なにしてんの、から始まって、御菜の事を思い出したって所まで。
みんな曰く、急に思い出したらしい。
だからこうして来たんだとか……。
まぁ、追い返すまで大変だったわけだよ。
彩音なんか最後まで残ってたからな。
なんで忘れてたのか自分でも解らないって言ってたし。
俺はいなくなった時の彩音の言葉を覚えてたからちょっと複雑な気分だったけど、これでまた元どおりになったってことっを考えれば気分も軽くなった。
遅くなったけど、二人で夕飯を食べて、二人で一緒の風呂に入って、最後は一緒に布団に入って……。
かつて、当たり前だったことを、また当たり前に出来ることが素直にうれしかった。
そんな所に今回の電話だから。あっという間にも感じるかな。
これが一週間くらい開いてれば少しは気分も変わってたかもしれないけど。
でも、ちょうど御菜を家族に紹介することも出来たし。
大きな前進って事かな。
お互い、人間同士として付き合うことが出来るんだからな。
あ……そんな事はどうだってよかったか。
人間だろうが、なんてのは関係ないって自分で言ったんだし……。
「…ほんと。あっという間です…」
「あぁ。だからこういうのんびりした時間も、必要だと思うんだよ」
「そう、ですね。またこうして過ごせる時間が、あるんですよね」
「もちろん。これからずっと、な」
「……はい」
そっと、御菜の手が俺の手に乗せられた。
きゅっと軽く握り締めると、彼女の方からも返してくれる。
御菜の手はほんのり暖かくて、とても気持ちが良い。
身体が眠気を押し出してしまうくらいに。
あー、日向ぼっこが最高潮に達したか……
こうして寝るのも、いいもんだ…。
「御菜……」
「はい…」
「ちょっと、寝るわ。御菜も、どうだ…?」
「そうですね……ちょっと失礼させていただいて……」
御菜が俺の真似をするように寝転ぶ。
それでも、足を投げ出さないのは御菜なりの遠慮だろうか。
麗かな午後の日差しが俺たちを包み込む。
二人とも眠りに落ちるまで、そう時間は掛からなかった。
お互いの手をきゅっと握り締めながら……
小さく見える家々が、あっという間に視界の外に外れていく…。
両手を広げるしぐさをすれば、気分も爽快!
まるで飛行機になったかのような感じだ。
何から何まで、御菜と空を飛んだときと同じ。
でも、傍らに御菜はいない。
俺一人だけが空を飛んでる。
どうして俺は、たった一人で空を飛んでるんだろう。
それに、一人でどうやって……
後ろを振り向いてみると、そこには真っ白に輝く大きな――――
「……ん…」
頬に何か違和感を感じる。
急激に意識が戻ってくる。
ぼんやりとした視界の中で、何かが動いた。
「ありゃ、起こしちゃった」
「ん……ん? 麻衣か」
「もう夕方だよー」
そっと身体を起こす。
いつの間にか掛けられていた布団が身体を伝い床に落ちる。
だいぶ…寝たみたいだな。
麻衣の言うとおり、空がすっかりオレンジになってる。
ふと横を見れば御菜はまだ夢の中らしく安らかな寝息を立てている。
もちろん御菜にも布団が掛けてあった。
それはさておき。
「ひさしぶりの日向ぼっこだったからかな。すっかり寝ちまったよ」
「うん。急に静かになったなって思ったら、二人して寝てるからね。平和そうな寝顔しちゃってと思いつつ、鑑賞」
「するな」
「お兄ちゃんのはどうでも良いとしても、御菜さんって綺麗な顔してるよね。同じ女性として思わず嫉妬」
麻衣がじっと御菜の寝顔を見詰める。
まぁ確かに御菜はそこらへんの人よりよっぽど綺麗だ。…俺が言うのもかなりアレだけどな。
「(まぁ、今は違えど御菜は天使だったからな。綺麗じゃないはずは無いかも)」
「ん? なんだって、お兄ちゃん?」
「え? なんだって、何が?」
「今何か言わなかった?」
「い、いや……何も言ってないぞ」
なんだ…まさか声に出したか?
そんなはずは無い。心に思っただけだし。
「おっかしいなぁ……今、天使が〜とか、綺麗〜って言葉が聞こえたような……むむむ???」
麻衣が首をかしげる。
俺、ホントに言葉に出てなかったよ…な?
まさか呟いてる癖があるなんて嫌だぞ。
「耳おかしいんじゃないのか?」
「そうかなぁ……でも最近ね、空耳が増えたかもしれない。学校でも、授業中とかたまに友達の声が聞こえるような感じするし。むー、耳鼻科っすか」
「行って来い」
こいつも若くして大変だな。
同情だけしといてやろう。
と、思ったときだった。
家の電話が鳴ったのは。
二、三回鳴ったところで鳴り止んだのは、お袋辺りが取ったからだろう。
現にお袋の声が聞こえてきた。
『はい、磯原です……はいはい。うわー久しぶりに声聞いたわ……うんうん』
どうやら誰かが久しぶりにかけてきたらしい。
まぁそんな事だってあるだろう。
しばらくして、電話を切る音がしたと思ったら、お袋がこっちにやってきた。
「総太総太」
「ん?」
「悪いんだけど、空き部屋の片付けお願いできる?」
「はぁ? なんで」
「お客さんよ。もう一組追加ね。今電話があったの。これから来るって」
「これから? ずいぶん急な話だな……でもまぁそういうことならしょうがないか。了解やっとく。じゃあ御菜起こさないと」
「あっ御菜ちゃんはそのまま寝かせてあげなさい。疲れてるときはゆっくり休ませてあげないと。昨日帰ってきたばかりなんでしょ?」
「あ、あぁ……」
しょうがない。じゃあ御菜はここに寝かせておいて……ん?
今なんかさらっと流れたけど、お袋すげー事言わなかったか?
気……のせい、か?
「ほら、急いで。夜には来ちゃうから」
「あーはいはい。結局帰ってきてもこれかよ」
「ずべこべ言わないの。麻衣も、夕飯作るの手伝ってね」
「はーい」
急に始まった準備作業。
このドタバタ感、改めて家に帰ってきたなぁなんて思いながら、あっという間に夕方は過ぎていくのだった。
日が落ちる頃には御菜も起きてきて、部屋の片づけを手伝ってくれた。
片付けって言っても、普段置いてある荷物が多いわけじゃないから楽なんだけど。
あくまで来客に備えて準備を〜って具合に。
ちなみに……。ホントにちなみにって感じだけど、今日は俺と御菜は俺の部屋で寝るらしいことがわかった。
二人で来るなんて言ってなかったでしょ、との事です。
普段から一緒に寝てるなんて口が避けても言えません……たはは。
そして、夕飯が出来上がる頃になって……
―ピンポーン―
玄関で呼び鈴が鳴った。
いよいよお客さんが来たってワケですか。
なんとか無事に準備も終わって……
あん? そういや今気がついたけど、このお客さんってのも泊まるのか?
そもそも遊びに来るだけなら居間を片付ければいいんだし。
一体誰だろ。親戚かな?
「いらっしゃい。ホント久しぶりね。一体何年ぶりにこっちに来たのよー」
親戚なら挨拶しようかなって思い玄関に向かってみたけど、どうやら親戚じゃないみたいだ。
んじゃ、誰でしょう?
襖を開けて、玄関の方をチラリと見て――――
「んがぁ!?」
「うん? あら総太。どうしたの」
――固まった。
「い…あ……えぇ!? お、お客……さん?」
「そうよ。あれ、会ったことあったっけ?」
い、いや……そんな。
会ってるとか会ってないとか、そんなレベルの話じゃなくて……
お袋の前に立っている人物。
そこにいたのは―――――
「やぁ総太君じゃないか。ずいぶん久しぶりだね」
「御菜とは仲良くやってる?」
――そこにいたのは、忘れようと思っても絶対に無理がある。
っていうか忘れられるわけがない。そんな存在感を持った二人。
御菜の、両親……
と、もう一人。
「ん? 私もいるけど」
彩音が立っていた。
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