最近、夢に出る事がある。
自分にも翼が生えてて空を飛んでる……なんて。


天使のゆびきり 〜あいにいきましょう(前編)〜



時は高校三年の初夏。
再び始まった御菜との生活。
本当に突然御菜が帰ってきたものだったから、正直実感がわかなかった。
夢なんじゃないかって思えたときもあった。
でも、触れていると良くわかる。
御菜は俺の側いる。もう離れ離れじゃないんだって。
あの時みたいな思いはしなくてもいいんだって。
俺と御菜の時間は、もう一度動き始めたんだ。

「またよろしくな。御菜」
「はい。総太さん」

久しぶりに二人で寝るベットは、今までの時間を忘れさせてくれるくらいに暖かく、また懐かしい温もりをくれた。
眠りに落ちるのがこんなに心地いいなんて……どれくらいぶり……だろう……。


小さく見える家々が、あっという間に視界の外に外れていく…。
この感覚は覚えがある…そうだ。御菜と空を飛んだときだ…。
あんな経験、もう出来ないなんてちょっと寂しいな…。
でも……でも、なんでだろう…。
どうして俺は、たった一人で空を飛んでるんだ…。
しかも……背中には……

―存在するはずの無い真っ白で大きな翼が陽の光を浴びて輝いていた…―


「総太さん」

御菜の声がする……
身体が軽く揺すられる感覚。
意識が急にハッキリとしてくる。
ぼやけた視界の中に、御菜らしき顔が見えた。
軽く目をこすりながら、身体を起こす。
やっぱり夢でも幻でもなかった……。
俺の目の前で、ニッコリ笑って御菜が迎えてくれた。

「おはようございます。総太さん」
「ん……おはよう。御菜」
「朝ごはんもうすぐ出来ますので、あと少しだけ待っててくださいね」
「了解……くぁ〜…あふ。顔洗ってくる」
「はいっ」

この何気ないやり取り……一体どれだけ待ち焦がれたことか……!
洗面所に行って顔を洗えば、冷たい水が一気に身体を覚醒させる。
初夏とはいえ、やっぱり水は冷たいな。
そのまま髪の毛を軽く整えながら歯も磨いてると、ちょうど良く朝ごはんも完成。

「それでは、頂きます」
「頂きます」

一口お味噌汁を口に含めば、懐かしさが身体を駆け抜ける。
あー、つくづく思う。
御菜が戻ってきて本当に良かったと。
いくら朝ごはんが食べれるようになったとはいえ、一人だとどうしても簡単なものになるから。
こうやってご飯と味噌汁が並ぶなんてあり得ない。
それに……これが一番肝心なことなんだけど、御菜が作ってくれるって事に大きな意味があるんだ。
その有無で全然違ってくること間違いなし!
今日もこうやって、俺の心が癒されていくんだ。

「やっぱり御菜が作るのはいつだって美味いな。長いこと食べてなかったけど、舌が覚えてるよ」
「ありがとうございます」
「でも、二年弱だろ?」
「え?」
「いや、昨日も話したことだけどさ……そんなにやってなくても、料理って覚えてられるんだ」
「うーん……私の感覚では、そんなに長く経ってないような感じなんですけどね」

俺と御菜。離れた時間はおよそ二年くらい。
でも、二人の時間は一緒ではなかったらしい。
昨日……御菜が帰ってきた日の夜の話でのことだ。
御菜は自分が消えていた間の事を断片的なこと以外ほとんど覚えていなかった。
俺の声が聞こえなくなって、意識がなくなって……それから、真っ暗な空間を歩いてたようだと言っていた。
それで、声を聞いたような気がして……次に自分が見たのが、この町並みだったというわけだ。
着ていた服も違うし、俺と別れた場所でもなかったらしい。
ただ、懐かしさがこみ上げてきたって言ってたから、御菜も結構な間は真っ暗な世界にいたらしい。
そこが何を意味し、何のために存在したのかは永遠に闇の中……おそらく、ずっとこの先も。
結局、昨日は感覚が違うのは記憶が断片的だからってコトで纏まってしまったのだが。
んま、そんな事は今はどうでもいいってのが本音だけど。
御菜がいてくれれば万事OKみたいな?
……とと、だいぶ話がそれてたな。

「私、一体何処にいたんでしょうね」
「うーん……それは俺にもわからないな」
「気がつけば天使でなくなってますし……」

もう一つ気になること、それが今の御菜の一言。
『天使じゃない』だ。
一見何も変わってないように見えるけど、もう御菜にはなんの“ちから”も使えないらしい。
まぁ俺にはどんな感覚で“ちから”を使ってたかはわからないから、魔法遣いが詠唱(とな)えても何も出来なくなったって感じで納得しておくことに。

「御菜の翼、綺麗だったのにな」
「作って付けますか?」
「いやいや、そんな事しなくていいから……」
「ふふっ冗談ですよ」
「ったく……では、ご馳走様でした」
「はい、お粗末さまでした」
「んじゃ、俺着替えてく――――」

と言いかけたところで、会話は中断させられた。
何故かって? そりゃ……

ピリリリリリッ……ピリリリリリッ……
「んあ、電話か。誰だよこんな朝から」

朝っぱらから勧誘とかだったら怒鳴りつけてやる。
そんな意気込みで受話器をとった。
もちろん、声も多少は荒くなってる。

「はい、もしもし? どちらさんで?」
「………………」

返事がない。ただの屍のようだ。
なんだ…イタズラ電話か?

「? もしもし〜? なんか用スか」
「………………」

受話器の向こうから、相手の息を吸う音が聞こえてきた。
で、間を置かずに……

「くぉらあぁぁー!! 電話に出るときにそんな出方をするんじゃない!! このバカ息子っ!」

大音量とともにビリビリと電話が震えた。
み。耳がキーンって……
思わず受話器を耳から放す。
片づけをしてる御菜にも聞こえたみたいで、何事かと近づいてきた。
あ、でもこの声って、ひょっとして……

「あっ……お、お袋?」
「あ、お袋……じゃない! まったく、いつもそんな応対の仕方してるの?」
「いや、いつもって訳じゃないけど……」
「せっかく心配して電話かけてみれば。損したわ」

いや、心配してるなら引っ越した当初に電話してください。
二年越しってどうよ?

「で、何の御用でありましょうか」
「ん? だからそれだけ」
「はぁ?」
「だから、心配だからちょっと掛けてみただけ」
「………………」
「と言うのは嘘で、総太今日は何かあるの?」
「え? いや、特に何もないけど」
「んじゃあ、ちょっと帰ってきなさいな」
「……へ?」
「だから、久しぶりに顔見たくなったから。それに、お父さんや麻衣も会いたがってるから、たまにはこっちに顔出しなさいってコトで」

……ちなみに、麻衣ってのは二つ下の妹の名前な。

「はぁ……まぁいいけど」
「んじゃ、そういう事で。ちゃんと泊まる準備してきなさいよ」
「え?」
「どうせ明日日曜日なんだから泊まっていっても問題ないでしょ。だから、準備してくるんだよ」
「うわ、めっちゃ強引な……」
「それじゃ、切るよ」
「えぃっあ、ちょ……」
「………………」
「…えっ? あ」

……切られた。一方的に言うだけ言って。
って言うか……最後に言ったアレって……
『紹介したい娘、いるんでしょ?』
切る寸前に、微かに聞こえたそのコトバ。
紹介って……御菜の、コトか?
なんで、お袋が? それとも気のせいか…?

「総太さん…」

御菜が茶碗を持ったまま隣に。
今の会話が気になったんだろう。
最初の大声の段階でな。

「お母様から、ですか?」
「ん、まぁ。なんかこれから来いってさ」
「は、はぁ……」
「ちょうど御菜の事も話さないといけないって思ってたし、いいタイミングかもな」
「じゃあ、お出かけする準備をしないと」
「うん。一泊しろとも言ってたから、洗い物が終わったら荷造りしないとな」
「はい。では急いで終わらせますね」

パタパタと台所へ駆けていく御菜。
そんなこんなで、急遽俺の実家へと行くことになってしまったのである。


――それは、生涯忘れもしない二日間の始まりだった――


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