現実はあまりにも非情だった
俺は、本当に甘かったんだ…
Farewell……6
「彩音!!」
呼び鈴も押さないでドアを開けて中に入る。
部屋の中には当然彩音がいて、目を真ん丸くしてこっちを見ていた。
「え………あ…………そ、そうた……さん?」
「彩音、ちょっと聞きたいことがあるんだ!」
混乱気味の彩音をなんとか言いくるめて、俺は彩音の向かいに座った。
「ちょ、ちょっと落ち着いてよ。総太さん朝から変だよ?」
「俺のことはどうでもいい。御菜は……御菜は!」
襲わんとばかりの勢いで彩音に聞く。
俺も混乱気味だけど、彩音はもっとだろう。
そんな事より、御菜は…!
「よく分からないけど、一体誰のことを話してるの?」
「えっ……?」
「朝も言ってたよね? みなって。それって総太さんの彼女さん?」
不思議そうに聞いてくる彩音。
な、何言ってんだ……こいつ?
こいつまで俺のことを、からかってるのか?
誰も彼も、みんなして俺のことをからかってるのか?
「彩音、俺は真剣な話しをしてるんだ」
「私も真剣に聞き返してるんだけど……?」
「嘘付け!」
「きゃあっ!」
「御菜だぞ? お前の姉だぞ!? 悪ふざけもいい加減にしてくれ!」
「だ、だからさぁ……総太さん、一体何のことを言ってるの? 私の姉? 私に姉なんて、いないよ?」
「な……に………?」
「だから、私一人っ子だって。おかしいなぁ……確か前に話したと思うんだけど……」
首を傾げる彩音。
でも俺は聴いちゃいなかった。
そんな事よりも大事なこと。
彩音が……一人っ子?
そ、そんな。
「嘘……だろ?」
「いや〜だから、嘘なんてついてないって」
「嘘だ!」
また声が大きくなった。
「そ、総太さん…」
「じゃあなんだ。この間の旅行、俺は彩音と二人で言ったって言うのか?!」
「えぇ? だ、だってこの間の旅行は総太さんが誘ってくれたんでしょ。暇なら行くぞって言って……」
「なんだって?」
「何だも何も……私に聞かないでよ」
分からない。
話が全然かみ合わない。
彩音は一体何を言ってるんだ?
どうしてこんな事になってるんだ?
俺が彩音を誘ったって?
そんな事……御菜がいるのに。
それにあれは彩音の方から部屋に来て行くって言ったはずだ。
それなのにどうして…どうしてこんな事になってるんだ!
「総太さん、本当に朝から変だよ? いやな夢でも見たの?」
「見たも何も、これ事態が悪夢だ」
「うわ、現実を逃避しちゃってる……」
「なぁ彩音。本当のことを言ってくれ。御菜は……お前の姉は何処だ」
「またその話……? 総太さんのほうこそ本当のことを言って欲しいわ。みなって誰なのよ? なんで姉妹のいない一人っ子の私に、姉がいるなんて嘘を言うの? 私をからかいたいの?」
今度は、彩音のほうが声を大きくした。
まさかそんなになるとは思わなくて、俺の方が言葉を失ってしまう。
「………………」
「ねぇ、総太さん……何かあったの? つらい事でもあったの?」
今の一言とは正反対に、彩音は本当に心配そうな声音で俺に話しかけた。
彩音……本当に知らないのか…?
なんでみんな、御菜のこと、忘れちまってるんだ?
「………………」
「………………」
「……なぁ、彩音」
「ん?」
「聞きたいこと、いや……しりたいことがあるんだけどさ」
今度は俺の方から口を開く。
今から聞くことは、御菜のことじゃない。いや、ある意味御菜に関係してること…。
それは……
「彩音たち天使ってさ……時間止めたら、消えちまうんだろう?」
「えぇっ! そ、総太さん?!」
何故か彩音がひどく慌てた。
一体どうしたって言うんだろう。
「な、な〜んのことを言ってるのかな? あ、あははは……私が天使? そんな事あるわけ……」
「お前、触れてなくても人の心読めるんだろ? だったら、俺の心を今読んでみればいい」
「え、えー。普通そんなことできるワケ……」
「………………」
「うぅ……まいったなぁ……なんで、総太さん知ってるんだろう……?」
「知ってるか知らないかはこの際問題じゃない。俺はとにかく質問に答えて欲しいんだ」
「はぁ…………うん。確かに私は天使。証拠に、ほらこの通り」
わずかな微風。どこからか鳴る耳鳴り。
それと共に彩音の背中から広がる大きな翼。
「で、さっき言ってたことだけどね……私たち天使は、総太さんの言うとおり時間を止める事をしちゃうと……消えちゃう」
これは知ってること。でもやっぱり直接聞かされると、胸にチクリと来る。
だって、これを使ったから御菜は……
「だから、絶対に使っちゃいけないの。ご法度ってやつかな?」
「そ、そうか……」
「でも私は、そんな事よりもどうして総太さんがこの事を知ってるかが気になるよ。だって私、自分からは一言も言ってないし……」
「……本当に、分からないのか……?」
「うん。心当たりもないし、これじゃまるで私を知ってる人が総太さんに教えたみたいで気味が悪いなぁ」
「って言うか、いつも俺の部屋に来てただろ? 壁抜けてきてさ」
「え? そんな事私してないよ〜。そんな…まるで見せに行こうとする行為を……人間相手に見せたら驚かれちゃうよ」
当然、と言った感じで彩音は言った。
まぁ確かにそれはそうなんだが……なんか、根本的なところで話が食い違ってるな。
まるで違う世界に来たみたいで俺まで変になりそうだ。
でも今はそれを言ってる場合じゃない。
とにかく今聞いてみたことを詳しく聞かないといけない。
「じゃあ、さ……」
「え?」
「話を戻すけど、消えちまった後は……どう、なるんだ?」
「消えちゃった後? そ、それは私には、分からないよ。だって誰も知らないんだもん」
「…知らない?」
「うん。もしかしたら使った前例がないのかもしれないね。誰も使った事がないからその先のことが分からないのかも」
「誰も使った事がない……? でも、それじゃおかしくないか? 誰も使ったことがないのに、なんで時間を止めたら消えるってみんな分かるんだ?」
「そ、そんな事を言われても……私も、そう聞いただけだから…」
本当に知らない、と言った感じに首を振る。
でもホントおかしいな……消えると知ってるのに知らない。
まるで変だ。
その部分だけ忘れ去ってるみたいにスッキリとなんて………………
「あ、でも他にもこんな事を聞いたことあるよ。天使の世界でね。自分の親しい人が消えたって。時間を止めたら消えちゃったって言ってた人がいたんだって。でもその人おかしいんだよ。だって、いつも一人だったんだよ? 一人なのに誰かと一緒にいただなんて。あ、なんかよくよく考えると今総太さんが言ってることと同じだね。総太さんも一人だったのに誰かといたなんて。それで私に姉がいるなんて言って、ね」
「!!」
身体に稲妻が走ったかのような感覚。
ばらばらだった物が、今ひとつにまとまった。
彩音の一言が、一気に答えを導き出した。
それも、とんでもなく最悪な方向に。
俺が導いた答え、それは……。
「うそ……だ……」
「え? どうしたの総太さん?」
また首を傾げる彩音。
そんな彩音に応えることもせずに、俺は無意識のうちに立ち上がった。
「あ、あれれ? 総太さん?」
「………………」
そのまま無言で玄関まで移動してそして彩音の部屋を後にする。
俺と同じ……一緒にいたのに一人にされてる……
これって、つまり……
バタン…
ふらふらと部屋に戻る。
急に天気が悪くなってきた。
明るかった外が急に暗くなって、ついには雨まで降り出した。
暗くなった部屋に、俺が一人、たたずんでいる。
目の前には黄色いエプロン。
つい昨日の朝まで、御菜がつけてたやつだ。
かける主のいなくなったエプロンが、俺の目の前にある。
その時つーっと、頬から涙が伝った。
「……すれ……まうんだ……」
一言呟くと同時に、足から力が抜けて、へなへなと座り込んでしまった。
力なくうな垂れる姿勢のまま、両目からは涙が溢れてきた。
溢れた涙が視界を揺らす。
「消えちまうと……みんな、忘れちまうんだ。なにも、かも……全部」
これが俺の答え。
そして揺るぎのない答え。
時間を止めるなどして消えてしまった天使は、存在を忘れられる。
つまり、いなかったことになる。
存在してなかったことになるんだ…!
だから、彩音も、学校のみんなも、俺の言葉に不思議がってたんだ……。
いもしない姉妹、いもしないクラスメート。
そんな名を出されても、困るに決まってるじゃないか。
「そうだよな……忘れちまったら分からないよな。どんなに親しい人でも、記憶がいっさいなくなるんだから……居合わせた人以外の記憶が、なくなるんだから……」
彩音も、クラスのみんなも忘れちまった……いや、知らない存在、御菜。
どんなに俺が覚えてても、他の誰もは覚えてない。
俺だけが覚えていること。
俺だけが知ってる、高麗御菜という少女との時間。
彼女と一緒に過ごした時間。
彼女と一緒に過ごした日々。
彼女と一緒に過ごした瞬間。
すべては俺だけの記憶に残り続けてる。
忘れない……俺だけは絶対に忘れてしまうものか。
もし俺が忘れたら……その時は、その時は本当に御菜はこの世界から消えてしまう。
俺と御菜とを繋ぐ最後の線が切れたら、御菜の存在は永遠に時の迷子になってしまう。
あの時、御菜は言った。
『また逢いましょう』と。
そうだ……御菜は、御菜はきっと帰ってくる!
帰ってくるさ!
いつかは分からないけれど、絶対に、絶対に……。
だから俺は待ち続ける。
他のみんなが覚えてなくても、俺は一人でも待ち続ける。
それは一番大切な人。
一番側にいて欲しい人。
ずっとずっと、側にいて欲しい人だから……。
御菜……
俺、待ってるよ。
だから、サヨナラなんて言わない。
俺は、俺は……
ずっとずっと、御菜が“ただいま”って帰ってくるそのときまで、待ってるから―――――――
―――御菜―――
〜see you next......
| N e x t | T o p |