そして、動き始めてしまう。

あのながく悲しい時が――――――


Farewell……4




 午後もまぁおだやか〜に過ぎていったんだよ。
 だって、ねぇ? 午後は眠たくなるものだ。
 ただでさえ昼休みにまったりしたんだし。それから気合を入れなおすなんて出来ないさ。
 そんなわけだから……寝てた。
 ……一回だけ休み時間に御菜に注意されたけど。結局はまた寝た。
 そして例によって例の如く、我が友のうち二人は今頃駅前にいるし、残った一人は勉強するフリして漫画読んでるし〜。
 他のクラスメートも必死に聞いてるのってほとんどいないんじゃないかな。
 それでも、静かなだけいい。
 先生もそう思ったのか、誰も起こすことなく午後の授業は過ぎていく。
 窓の外から聞こえるセミの鳴き声を遠くに聞きながら。

「……ん…」

 何やら周りが騒がしい。
 ふと目を覚ましてみると気がつけば授業が終わってた。
 マッキーはいつもどおり遅れてるらしくて、来るまでの間一日のお勤めが終わったクラスはとても賑やかになっていた。
 そっか……俺、午後全部寝て過ごしたか。
 あぁ、終わった終わった〜!

「ん〜……っ」

 なまった身体を伸ばしたとき、隣から御菜が声をかけてきた。

「総太さん」
「ん、おぉ御菜」
「ぐっすり寝てましたね」
「あぁまあね。お陰で元気いっぱいだ」

『ほほぉ。そうかねそうかね。磯原少年は元気いっぱいかね』

「そそ。元気元気。もう身体を動かしたい気分だ……って、御菜?」
「い、いえ。私じゃありませんよ…?」

『それじゃあ今日は磯原クンに掃除当番を任せてみよう!!』

 がばっ!

「うわあぁぁッ!?」

 突然前から生えてきたマッキー。
 いや、あんたいつからそこにいたんだよ。
 って言うか何故話を聞いていた!

「お〜っし、それじゃ帰りのホームルーム始めるぞ」
「って言うか先生。なんで俺が掃除当番なんですか!」
「え? だって磯原、元気あるって言ってたじゃん」
「いや、確かに言いましたけど……」
「だから、今日は掃除をやってもらおうってコトにした」
「ま、マジすか……」

 なんか知らないけど、今日は俺が教室を掃除することになったらしい。
 もちろん俺一人じゃないぞ。この後他のクラスメートも何人か呼ばれて、俺と同じく掃除をすることに。
 だから本来の掃除当番は今日は休み……何故だ!

「――――ってコトで、以上今日のお勤め終了! かったるい業務連絡もどきは省略。ただプリント一枚配るだけだ。でもこれ忘れずにもって帰れよ。明日書いて提出してもらうから。んじゃあまた明日〜バイバイ!」

 あっと言う間のホームルーム。
 もともと特に用がないといつもこんな感じだ。
 早く終わってくれるのは嬉しいんだけどね。

「総太さん。私もお掃除手伝います。一緒にやりましょう」
「あぁ。わるいな」
「いいえ。気にしないでください。総太さんのお役に立てるなら、私はどんな事でも手伝いますよ」
「ありがとう。んじゃ、さっと終わらせて帰るか」
「はいっ」

 椅子から立ち上がって、さっき配られたプリントを掃除の間だけと机の中に突っ込む。
 鞄広げて入れるのめんどくさいし。
 なによりまずは掃除だ。たらたらやって時間かかると面倒だしな。
 教室に残って話してる人たちを外に追いやって、俺たち掃除当番の戦闘が開始された。
 一旦机を全部前にやって、後ろの空間をホウキで掃いていく。
 小学校の頃と違って拭き掃除しないのは楽だ。
 ただホウキで掃くだけ〜。
 一箇所に集めてちり取りで回収したら、今度は机を全部後ろに。
 掃除が終わってない前の部分をササッとはいて回る。
 やっぱ8人もいると掃除もはかどるな。
 それに傍らには御菜もいるから俺の清掃力が普段の二倍比だ……なんてな。

「…………よしっ。掃除終了!」

 最後に机を並べなおして、載せた椅子を元に戻したら掃除は終了。
 特に終わりの号令とかもなくて、そのまま自然解散となっていく。
 まだ教室で話していたいのか、終わった途端に入ってくるものもいる。
 って言うか掃除終わるまで廊下で待ってたんか…。

「総太さん、帰りましょう」
「ん、おぉ。帰るか」

 クラスメートに声をかけて、教室を後にする。
 放課後で賑わう廊下や昇降口を抜けて、校門を抜けて。
 なんとまぁ今日も一日平和に終わったこと。
 いい事だねぇ。
 後は家に帰ってのんびり過ごせば……なんて。
 俺って案外爺臭いトコあるな…ははは。

「うふふっ」

 隣で御菜が笑った。

「ん、どうした御菜?」
「いえいぇ。さっきから総太さんがころころ表情を変えるものですから。つい可笑しくって」
「む……」

 考えてることが顔に出てたって事か。
 あーこりゃまずいな。
 ポーカーとかやったら確実に負ける。
 …んなことはさておき。

「変だった?」
「いいえ。面白かったです」
「そ、そっちの方が正直へこむんだけど……」
「うふふふふっ。でも安心してください。私しか見てませんから」

 ニッコリ笑って御菜が言う。
 御菜はいつも元気いっぱいだな。

「笑う門には福来る、ですよっ」
「そうだな〜。御菜が笑ってくれるから、俺にも福が来るってやつだ」

 そう言って俺も御菜に笑いかける。
 何と言うか、実に平和なひと時だ。
 こんな空気が、いつまでも続いたらなって思うくらいに。

「あっ……そう言えば、総太さん」
「ん?」
「あのプリント。一体なんなんでしょうね?」
「え、プリント?」
「はい。さっき先生が配ってたじゃないですか。ちゃんと持って帰るように。って」

 ごそごそと、御菜が鞄の中からプリントを探してる。
 そういやなんだろうな。連絡事項とかか?

「あらら。ちょっとどこかに紛れ込んじゃったみたいです」
「ああいいっていいって。俺が出すよ」

 どうせ鞄の中はほとんど何も入ってないから……な。
 こんな時だけは便利だよな?
 ええっと……プリントプリント……
 ………………
 ……あれ?

「?」
「???」

 鞄の中で空しく手が動き回る。
 目的のプリントは見つからない。
 あれ、おっかしいなぁ。

「あれれ? 俺も無いぞ? 確か鞄に入れて……………………あ」

 思い出した。

 確か俺、もらってすぐに……

『んじゃ、さっと終わらせて帰るか』
『はいっ』

 ごそごそごそ……

 あっ――――!

「思い出した」
「え?」
「さっき配られたプリント、机の中に入れっぱなしだ」
「あらら……」
「別に大丈夫かな。忘れましたってことで」
「え、でも……先生忘れずに持って帰るようにって言ってましたよ。大事な内容とかだったら先生に迷惑をかけるんじゃないですか?」
「う……それは、まぁそうかもしれないけど。と、取りに戻った方がいい…かな?」
「そうした方がいいかもしれませんね」

 だよな。やっぱり。
 何より、もし俺だけ忘れた場合にマッキーに何を言われるか……
 怒りはしないだろう。なにせマッキーだし。
 ただ、ネタにはするだろうな。確実に。

『磯原少年。忘れるのは教室だけにしてくれよな』

 笑いながら言うその姿が目に浮かんでくる……
 …や、やっぱ取りに戻ろう。

「御菜。俺取りに行ってくるわ」
「じゃあ私も行きます」
「いやいや。流石にそれは悪いから。御菜は先に帰っててくれよ」
「え、でも……」
「大丈夫だって。すぐに追いつくさ。それに、帰って御菜に美味しい夕飯を作ってもらわないと、ね」
「そ、総太さん……」

 御菜の頬がほんのり紅く染まった。

「そういう訳だから急いでいかないとな……ちょっと行ってくるわ」
「あっ総太さん」

 振り向きざまに御菜に手を振って急いで元来た道を走ってく。
 半分位来た所だから、そんなに時間はかからないだろう。

 そう思ったまさにその時だった。


 ドクン……

 え……?

 異様に大きな……走っててもそれと分かるくらいに感じた心臓の鼓動が一回。
 なんだと感じるまでも無く、俺は次の瞬間には聴覚を奪われていた……

 そう、何故なら……

 背後、というより横の辺りから聞こえる金きり音。

 俺の影を潰さんばかりに覆いかぶさる大きな影が。

 ふと振り返ると、そこには――――――


「――――――――ッ!!」

 金きり音が耳の感覚を奪う中で、どこからか御菜の声が聞こえたような気がした。







「あっ総太さん」

 それじゃ、と手を上げて今歩いてきた道を走って戻っていく。
 そこまで急がなくても、私はここで待っていますよ。
 あ、でも……お夕飯の支度……。

『御菜に美味しい夕飯を作ってもらわないと、ね』

 総太さん…。
 そっと自分の胸に手を置く。
 トクン、トクン、トクン……
 わずかに心臓が早く動いてる。
 暖かい気持ち。
 総太さんに言われると感じるこの気持ち。
 総太さんが待っててくれてるのなら……その思いに、応えないとね。
 うんっと小さく頷いて、さぁ歩き始めようとしたまさにその時でした。

 それは本当に突然のこと。考えもしなかったこと。

 背後から耳を塞ぎたくなるような音が響いた。
 振り向けば、総太さんが……

 大きなトラック、固まってしまう総太さん

 このままじゃ……
 ……いやだ。
 そんなのイヤだ。
 助けないと。
 でも、助けるためには……

「総太さん――――ッ!!」


 …………ごめんなさい…………


 決断に、迷いはなかった。
 背中から広がる大きな羽。
 自分でも体験したことないくらいの物凄いキーンと言う耳鳴り。
 ふと、周りから音がなくなった。

 飛んでいた鳥も、音を立てていたトラックも、立ちすくんでいた総太さんも、動かなくなっていた。
 でも自分は、なんの不自由もなく動ける。
 今私が使えた唯一の『力』……
 それは、自分と引き換えの『力』
 もう、これを使ってしまったからには……
 ううん。そんな事じゃない。
 私は、総太さんを助けないと。

「………………」

 総太さん、とても驚いた表情。
 当たり前だよね……
 私が前でじっと見つめてても、何の反応もない。
 そっと『力』を使って総太さんを安全なところへ動かす。
 これでもう、総太さんは大丈夫。
 後はこのまま元に戻せば……

「………………」

 元に戻せば、総太さんはまた元気でいられる。
 けど、そこにはもう私はいないでしょう。
 だって、使ってしまいましたし……
 でも私は、後悔なんてしてない。
 むしろ心は不思議なほどに落ち着いてる。
 総太さんが幸せでいてくれるなら、それが私の幸せ。
 総太さんが笑っててくれるのなら、それが私の幸せ。
 だから……
 だから私は、悲しくなんて、ないんだ。
 そっと総太さんの頬に触れる。
 そして、反応が返ってこないってわかってても、私は総太さんの唇にそっと自分のを重ねた……
 これが、本当に最後の……

「………………」

 そっと唇を離して、静かに一歩下がった。
 ……じゃあ、総太さん……


 …リセット…







 俺は、自分の運命を悟ったはずだった。
 目の前に迫ってたトラック。
 当然、避けられるはずなんてなかった。
 勢いがなくならないまま、俺は鋼鉄の巨体に吹き飛ばされ――――――――なかった。

「え…………?」

 何もなかった。
 目の前まで来てた大きな壁が、取り払われていた。
 見えるはオレンジ色に変わりつつある空。
 俺……もう逝っちまったとか?
 でも、そんな考えも次の瞬間には飛んでいた。
 後ろの方で響き渡る金きり音。
 見れば、俺に向かっていたはずのトラックが急停止していた。
 こ、これはいったい……?

 ドサッ…

 なんだと思うのと、そんな音が聞こえたのは同時だった。
 視界をトラックから音のした方へと向ける。
 するとそこには……

「み……な?」

 ありえなかった。
 どうなってるのか、まるで理解できなかった。
 俺の目の前に、羽を広げた御菜が倒れていた……

「御菜、御菜!」

 抱き起こして、声をかける。
 うっすらと目が開いた。

「そ………た……さん……?」
「おい御菜、一体どうしたんだよ。どうなってんだよ」
「無事で…なに……より………です」
「ぶじ? あぁ俺はどういうわけか平気みたいだ。まるで瞬間移動したみたいに違う場所に……」

 ここまで言ったところで言葉が詰まる。
 なにか、物凄く嫌な予感がした。
 と、急に御菜の体が光りだした。

「みな、一体何したんだ? 一体どうしたんだ!?」
「…………けました」
「え?」
「たすけ……ました…………」
「助けた…?」
「普通の『力』では…間に合わなかった……で……つかって…しまいました……」
「使った? 使ったってなに…………ま、まさか!?」

 俺は前に御菜と『力』について話したときのことを思い出した。
 そう、あの時御菜は――――。
 と、光っていた御菜の体から光の粒が現れて、周囲に舞い始めた。
 そして徐々に御菜の体が……

「お、おい御菜!?」

 御菜の体が薄れてく…
 それはまるで、そこに存在しなかったといわんばかりに。
 光の粒が空に溶けていくたびに、御菜の体は透明度を増していく。
 ついに、抱いている俺の手と、頭を乗せていた足が透けて見えるようになった。

「御菜、おい何処に行くんだよ! 俺を置いていくなよ!」
「…………そうた……さん……」

 薄くなると共に、御菜の意識も無くなっていく。
 俺は必死に御菜のことを呼び続けていた。
 その目から涙が溢れてることすら気がつかずに。

「御菜! 御菜ぁ!」
「そうたさん……なかないで…ください」
「バカやろう! そんな事言ってるときじゃないだろ。おい、何処にも行くんじゃないぞ。俺残してどっか行くなよ!」
「だいじょうぶ……ですよ…………きっと……また…あえますから……」
「なに?」

 輝きが増して、いっそう薄くなっていく。
 御菜を抱きかかえてるって感覚も一緒に薄くなってきた。

「総太さん……」
「御菜!?」
「総太さん…また……逢いましょうね……」

 御菜は俺にニッコリと笑いかけた。

 そしてその次の瞬間―――――

「あっ……!」

 御菜は見えなくなり、光の粒となって空へと溶けていった……。

「御菜? 御菜!?」

 何もない手に向かって、俺の声が空しく響く。


「みな……? 嘘だろおい………なぁ、返事してくれよ御菜! 御菜あぁぁぁぁぁぁーっ!!」


 俺の叫ぶ声に、御菜の返事はかえって来なかった。


 ……

 ………

 …………

 ……………


 バタン…
 ドアが閉まる。
 自分でも、何処をどう通って帰ってきたのか全く覚えてなかった。
 うつろな状態。
 それが一番当てはまるだろう。
 あの次の瞬間の記憶が、ここに繋がっている。
 しーんと静まり返った部屋。
 朝家を出たままの状態になってるそこは、そのままの状態で主の帰りを待っていた。
 俺は、立ったままボーっと玄関から部屋を見つめてる。
 整頓された部屋。
 片付けられた食器類。
 ハンガーにかけてある洋服。
 そべてはそのままだ。
 引かれたままのレースのカーテン越しに、オレンジ色の光が入り込む。
 それによって部屋は外と同じ色だ。
 濃いオレンジ色、とでも言うんだろうか。
 オレンジ一色に部屋は包まれている。
 あれ……?
 ふと胸に違和感を覚えた。
 この光景……どこかで、見たことがある?
 思わず部屋の中へと足を踏み入れる。
 そして、ちょうど真ん中あたりについた瞬間……
 揺らぐ視界。
 崩れ落ちる身体。
 両手を床につけて、首をがっくりうなだれるこの格好は……

「はは……ははは……」

 涙が溢れて止まらないのに、何故か笑ってしまう。
 そう、これは面白いからじゃなく嘲笑。自分に対する。
 これは……この光景は、あの夢そのまんまじゃないか。
 そう悟った瞬間に、笑いが溢れてきたんだ。

「はははは……そうか、この事だったのか。俺は夢で未来を見てたんだ。あれは予知夢だったんだ」

 笑う。けど涙は止まらない。むしろ勢いが増してる。

「あの夢で御菜がいなかったのは消えてしまったから……俺がこうして泣きくずれてたのも、御菜が消えてしまったから……全部、全部夢そのままじゃないか」

 おかしい。あまりの可笑しさに笑いが止まらない。
 俺は……俺はバカだ。
 何度も同じ夢を見ても別段気にも留めなかった。
 その結果がこれだ。
 結局夢は現実になっちまった。
 御菜が消えてしまったことは夢に出なかったけど、いなかった事は確かだ。涙を流してたのも確かだ。
 全部……全部その通りになった。
 いっぺんの違いもなく、ね……

「ははは、はははは………はは…………くそッ!!」

 力いっぱいに床を殴りつける。
 手が痛くなっても、皮が破れて血が出ても気にならない。
 とにかく、何度も何度も床を殴りつけていた。

「くそっくそぉ!……うぅ……ちくしょぉ…………」

 手の感覚がなくなるまで続けて、俺は殴るのを辞めた。
 どうなっても変わらない事実。
 どんなに俺が殴り続けたとしても、御菜はかえって来ない。

「御菜…………」

 御菜は、俺の元からいなくなってしまったんだ……


つづく


N e x t T o p