天使のゆびきり 〜着いた最初は……〜




 俺は地面を離れて幾分か。
 気がつけば、地面はずいぶん下のほうにまでなっていた。
 俺がそれに気がつくまでそう時間はかからなかったが……
 こ、怖っ!!
 なまじ自分が浮いてるって感覚初めてだからもっと怖ッ。
 速度も……結構でてるとか?
 風圧とかも気になったけど、全然感じないし。
 これも何か結界みたいなの張ってるのかな……
 俺には分からない事だらけだ。
 あっという間に俺が住む街を越えて、今度は山々が見えてきた。
 普段遠くに見える山が、今はなんと目の下に……。
 この山を越えれば、海が見えてくる。

「なぁ御菜」
「はい?」
「今の高度ってどれくらい?」
「高度……ですか? たぶん、1000くらいじゃないでしょうか。あまり詳しい所までは判りませんけれど…」
「ここに見える山って、1000メートル以下だったのか。遠めに大きいって感じだったんだけどな」
「もっと高いところを飛びますか?」
「いやいや、これでもう十二分っす……」
「そうですか? 残念です」
「な、何故に?」

 疑問が残る俺に、御菜はこれまた普通に言い切った。

「高い雲の上を飛ぶと気持ちいいですよ」
「そ……そんなものなの?」
「もちろんですよ〜。今度機会があれば是非行きましょう♪」
「あ、あぁ……よろしく」
「いいなー私も行きたいよ〜」
「チミは来なくていいぞ。彩音クン」
「うわ、のけ者にされた……いじいじ」

 空中で、何もない空間に“の”の字らしきものを指でかく彩音。
 背中からめっちゃ憂愁が漂ってるんですけど?
 いや、雲呼び寄せて“憂愁”って作るな。
 もういつものことだから深くは触れないけどさぁ!

「そう、残念〜」
「…をい」

 現在ではモノラルで、彩音のみに伝わってる。
 最初は御菜に捕まりっぱなしだったけど、いざ離れてみると何も変化がなかった。
 何となく、足元が感覚ないくらいで。
 あとは普通にしてるのと一緒。
 まぁ、宇宙にいるみたいなものなのかなぁ?
 実際行った事ないから知らんけど。

「そろそろ海が見えてくると思う。そしたら海岸線に沿っていけば大きな灯台が見えるはず。そこが目的地だ。あとは駅を探せば、ゴールってワケ」
「灯台ですか?」
「あぁ。パンフレットで見たんだけど、ここのシンボルだそうだ。普通にあるのとは倍くらい大きいらしい」
「大きそうですね〜」
「あぁ。だからここからでも十分に目立つはず」
「わかりました。 ……あ、総太さん。海ですよ!」

 山の切れ端から覗く、まぶしく輝く何か。
 海だ。太陽の光を浴びて光ってる。

「光ってますね」
「あぁ、そうだな」
「私、ここに来てからは海を見るのは初めてですよ」
「あーそう言えばそうだな。家の近くは川しかないもんなぁ」
「あっそれ私も同じ〜」
「彩音には聞いてない」
「……ぶぅ、さっきから私ないがしろにされてる。ぐすん」

 どうせ本気じゃないから流しておく。
 あ、頷きやがった。ったく……しょうがないな。
 まあ何にせよ、前の海が見えればあとは沿っていくだけだし、迷うってことはないな。

「もうすぐ到着かぁ。楽しみですね。総太さん」
「えっあ、あぁ」

 ニッコリ笑って話す御菜。
 不意打ち食らったみたいに心臓がドキッと跳ね上がったもんだから、思わず上ずった声に。
 な、なんでこんな心臓ドキドキ言ってんだよ。
 普段から一緒にいるだろうに。
 落ち着け。旅行だからって舞い上がってるんじゃないのか。

「どうかしましたか、総太さん」
「いや、大丈夫だよ。ちょっとビックリしただけだから」
「ビックリ、ですか?」
「ボーっと考え事してる時にさ、急に声かけられるとビックリするじゃん。それ」
「なるほど。という事は総太さん考え事してたんですか?」
「まぁ考え事って言うほどのものじゃないけど……御菜と同じこと、かな?」
「わたし?」
「楽しみだなぁって、さ」

 まさか、御菜の顔見てドキッとした、なんて言えない。
 そこまで俺は人間できちゃいない。
 ……さっきから彩音が笑いをこらえながら何か言いたそうだけど、ここは毎度の如く無視。
 うん、気にしちゃダメだ。

 気が付けば山を通り過ぎて、今はもう海沿いに飛んでる。
 ホント、あっという間に来たような気がするな。
 そりゃそうか、まだ一時間くらいしか経ってないし。
 もし陸路で来たら二時間弱はかかってたろうになぁ。
 つくづく空を飛んでいるってことにありがたみを。

「あっ御菜、あれじゃないか」
「え? えっと……」
「ほら、あそこあそこ。海岸線の出っ張ったところにある大きな灯台。そんでもって、もうちょっと陸に入ったところに、横にやたら広い敷地見えるだろ。あれが駅だ」
「あっあれですか」
「ほぉ〜。じゃあ到着ってワケなのかな」
「うん。これで一応目的地には到着ってワケだ」

 まずは最初の一歩。
 最寄の駅までってコースは無事にいったようだ。
 あとはここから送迎バスで向かえば……

「あっそう言えばさぁ」
「ん、なんだ彩音?」
「下って結構人いるみたいだけど、どうやって降りるの?」
「…………は?」
「いやだってさ、一応も何も私たちは今空を飛んでるわけで。姿消したまま降りたとしても、いきなりパッと現れちゃうのはまずいんじゃないのかな?」
「………………」
「そういえば、そうでしたね」

 ここで俺たちは、実は一番最初に考えておかないといけない事に直面。
 そうだよ。どうするんだよ。
 こんな駅前じゃ人気のないところなんてまずないぞ。
 しかもここは観光地。夏を迎えようとしてる今、行き行く人だって閑散期よりは倍増セール中だ。
 これ、降りられないんじゃないのか?

「御菜、どうするか」
「そうですね……どうしましょうか」
「う〜ん……参ったねこれ」

 俺たち三人。下から見られはしないけど駅上空で立ち往生。

「仕方がないか……ここは駅じゃなくて浜辺に行こう。そこなら人気のないところを見つけられると思う」
「確かに、海の方行けば見つかるかもね」
「総太さん、名案です」
「だろだろ? んじゃまぁ海の方に行ってみるか」

 幸い、海なんてのは駅からも見える場所にあるものだから、迷うなんて事はありえない。
 ましてや、俺たち飛んでるから。
 すぐに浜辺へと向かって、飛びながら浜辺の人気のない場所へと向かう。
 端の方に行けば、見つけるのは簡単だった。
 丁度大きな灯台の下の、岩場をくりぬいたような洞窟っぽいところがあったので、そこで久方ぶりに地面へと足を――――

「あれっ…?」

 足を地面につけた瞬間、俺はなんと情けないことかフラフラと倒れこんでしまった。
 あ、足に力が入らない?

「だ、大丈夫ですか? 総太さん」
「い、いや問題ない。ただちょっと感覚を思い出してなかったから……短時間なのに、人間こうも忘れるものなんだな」
「手、貸そうか?」
「それも大丈夫だ彩音。すぐにこうやって…………と。ほら、戻った」

 内心まだビックリしてんだけどな。
 きっと、宇宙飛行士が地球に帰ってきてすぐに立てないとか言うのは、こう言うのと関係があるのかもしれない?
 まぁそんな事はさておき。

「今更だけど、到着だ!」
「はい、無事に着きました♪」
「一時はどうなるかと思ったけどね。よかったよかった」
「丁度ここは浜辺。入れはしないけど海で遊ぶことは可能である。諸君! 存分にこっちの海を堪能されたしっ」
「総太さん、ずいぶん偉そうだね。連れて来たの私たちなのに」
「気にするな。彩音クン」
「はいはい〜」

 肩をすくめる彩音。
 いろいろ言ってても、実際は早く海を見てみたいようだ。

「んじゃま、突撃と行きますか」
「御菜、行こう」
「あ、うん」

 旅行初日の最初の行事。
 まずは、磯遊びといったところだろうか。
 ふとさっきまでいた空を見上げれば、もうすぐ7月になろうとしている空がとても青々と、そしてまた高く感じた。
 夏はもう目の前だ。
 


つづくっ!



N e x t T o p