天使のゆびきり 〜許しません〜




しーんと静まり返る室内。
壁際には多数の生徒が、まるで逃げるかのように必死に動かない壁に後ずさりしてる。
教室の反対側には……一人の倒れてる男子生徒と、それを護るようにして抱きしめ、目に見える怒りのオーラを溜める一人の女子生徒。
目が完全に座っていて、それがもはや誰にも止められないというのが人目で判断できた。
そして、その最大の理由というのが……。

彼女の背中から現れた大きな白い翼……。


今日も雨は降っていた。
過去形にしようが現在進行形にしようがなんだろうが、とにかく雨なんだ。
このところ傘を差さずに学校に来た日なんてありゃしない。
これで喜んでるのは、雨が好きなやつとカタツムリと田んぼのカエルくらいだろ。
来る途中にも聞こえてきたよ。ゲ〜ロゲロってな。
…そんなワケだからさぁ。

「あたぁ!」
「くっ、なんのなんのぉ!」

バシンッバシン!

帰りのホームルームを前にした教室に響く乾いた打撃音。
雨で外に出れなくて、溜まったストレスをチャンバラごっこに向ける奴らの姿。
いっとくけど、俺達がいるのは高校な。
小・中学校じゃないぞ?
でも……高校生たる身分でも身体を動かさないとスッキリしないときってのはあるもんだ。
だからこそ、柄の短いホウキ使ってバシバシ打ち合うなんて懐かしい事するんだ。

「あー、元気いいなぁまったく」
「すごいですね。バシンバシンいってます」
「御菜もやってくるか?」
「いえ、私はそう言うのはちょっと……」

苦笑いしながら御菜が答えた。
そうだよな。御菜がそんな事する分けないよな。

「俺も興味ないや〜」
「平和が一番ですよ」
「まったくだ」

バシッバシン!!

打ち合うものと、それを見るギャラリーのまた多い事多い事。
みんなよっぽどはしゃぎたいみたいだ。
よく見ると、いつもの3バカもギャラリーに紛れ込んでる。
…まぁあいつらだし。
あ〜ぁ、それにしても来るの遅いなぁウチのティーチャーは。
早く来ないからみんな遊び始めるんだってのに。
朝は遅くても構わないから、せめて帰りくらいははよお越しになってほしいぞ。
カモ〜ン・マッキーって感じだな。

バシッ!

「やば……磯原、危ねぇ!」
「……え?」

と、振り返ったときだった。

ブンブンブン…ガッチャァァァン!!

「うぉあぁぁぁぁぁ??!!」

すぐ目の前に大きな音を立てて不時着したホウキ。
あと少し伸びてたら確実に俺に当たってたぞ……。

「あ、あぶねぇなぁ……気をつけろよ!」
「いやぁすまんすまん、つい調子に乗ってやりすぎちまった」

そう言って転がってるホウキを回収してく。
ったく…マジで当たるかと思った。
こんなの当たったら洒落じゃ済まないだろ。

「総太さん、大丈夫でしたか?」
「あぁ。当たってないからな。でもこればっかりはビックリした〜」
「心臓が飛び跳ねましたよ」
「まったくだ。今でもバクバク言ってる」
「危ないから、教室の外に出ますか?」
「ん〜、まぁ俺としてはこういう事があったから出たくてしょうがないけど、まだホームルーム終わってないし……」
「先生、早く着てほしいですね」
「こういう時が一番恨めしい……」

そう言ってドアの方を見ようとしたときだった。
鈍い音がして教室内に、アッ! と言う声が響いたかと思うと、また俺を呼ぶ声が―――したように思えた。
そう、思えただけ。
一瞬後には視界が真っ暗になった。
ただ俺が覚えてたのは、振り返って、目の前に迫る“何か”が一瞬だけ見えたことと、真っ暗になってからの前と後ろからの脳天を駆け巡った二度の衝撃のみ……。
ここで俺の意識は途切れてしまったのだった。



「……ぁっ……」

それは、一瞬の出来事でした。
総太さんが振り返ったとたんに、ホウキの柄ではない掃く部分が直撃して、倒れこむところを。
そして、倒れたそこには隣の机があって、そこに後頭部をぶつけてしまった事を。
私は、いま何が起きたのかすぐには判断できませんでした。
ただ、目の前に総太さんが倒れているのを見て……。

「そ……総太さん?!」

慌てて抱きかかえて、総太さんに声をかける私。

「総太さん、総太さん! しっかりしてください。総太さん!」

いくら大きな声で呼びかけても、反応は……。
頭の中が真っ白になっていく…。
自然と、目に涙が溢れていく。
ぎゅって抱きしめても、総太さんの返事は返ってこない……。

「……総太さん……!」

私の中で、なにかが弾けました。
私にとって世界で一番大切な人。
その大切な人が、傷つけられてしまった。
意識を失ってしまった。
そして、それをやったのは――――――――!!

「………………」
「………………」

教室の中が静まり返りました。
私は、総太さんをそっと床に寝かせると、自分でもビックリするくらいな低い声で言った。

「……あなたたち、総太さんを傷つけましたね」

右手に力が溢れてくる。
どんどん溜まっていく怒りの感情。
それはカタチにもなって現れていく……。
そして、私の決意を含めた一言。


「許しません」


その瞬間に、私の背中より普段は出ることの無かった、天使の証でもある白い羽が大きく広がった。



轟音と共に、私の周りにあった机が円方向に吹き飛んでいく。
総太さんには強力な防御結界を張ってあるから心配はありません。
私達を除く全員が怯えた目でこっちを見ています。
まぁ、無理はありませんね。
さて……それでは、総太さんを傷つけた者への償いはどうしましょう。

「総太さんを傷つけた者、前へ出なさい」
「………………」
「もう一度言います。前へ出なさい」
「………………」

一人、二人と前へ出る。
…この二人はさっきホウキで遊んでいた当事者ですね。
許すわけにはいきません。

「こ、高麗……さん? いっいいい一体どうなってる……の?」

前へ出た生徒の一人が声を震わせながら言いました。
みんな同じ意見なのでしょうか、うんうんと頷いています。

「そっその背中から出てきてる翼って……」
「貴方達に話す義務などありません。ただ償ってもらうだけですから」
「つ……償う? 確かに、確かに悪かった。狭い教室の中でやった事は謝るし、磯原に当たったことも謝るよ。本当に悪かった」
「そんな事で、私が許すと思いますか?」
「え……?」
「その曲がった考えを正してあげましょう―――」

二人に向かって今右腕を伸ばそうとした時、急に後ろでドアが開いた。

「いやーすまんすまん。つい職員室で昼寝してたら遅…れ……た………」

見ると、牧野先生が私達の方を見て目を丸くしていました。
持っていた名簿を落としてしまうくらいに。

「お…おい、これは一体どうしたって言うんだ。それに…おまえ、こっ高麗か? その背中に生えてるのは……?」
「あなたも多少の罪はありますよ。牧野先生」
「えっ!?」
「チャイムが鳴ってからどうしてすぐに来ないんですか。いつもいつも遅れるからこうしてふざけた事をやる者が出てきて、そして総太さんが傷ついてしまったんです」
「………………」
「しかし、今は当事者へのことが最優先。貴方達二人には死を以って償ってもらいます――――」



「……ぅ……ん…」

頭の中が激しくシェイクされるような感覚がある。
目を開けると、目の前に羽を広げた御菜の姿があった。
その表情は今まで見たことのない怒りに満ちた表情。
それに対峙するようにして、完全に怯えきってる二人の男子生徒。
あぁ……そういえば思い出してきた。
確か俺は飛んできた何かに当たって……
と、ここで御菜の声が聞こえた。

『貴方達二人には死を以って償ってもらいます』

キーン
急に耳鳴りがした。
そういえば、これは……
俺の身体が無意識に動いた。
確実な事じゃなかったけど俺は理解した。
御菜は今、間違いなく前に彰たちに使ったような『力』を使おうとしてる。
ただでさえ、普段使わない『死を以って』なんて言葉を使って、人間じゃない事を悟られないように、みんなの前で広げない羽を全面に出して怒ってるんだからその『力』はこの前の比じゃない。
御菜を止めないと…止めないと大変な事に!

「み……な…みな…止めろ、止めるんだ……!」
「……えっ!?」

俺の小さな声に気がついたのか、今まさに振り上げたままの右腕をそのままにして、こちらを向いた。

「そ、そうた…さん? 無事、だったんですか!?」
「あぁ、なんとか。…そんな事より御菜、止めてくれ。力を出しちゃダメだ……」
「総太さん……」

よろよろと立ち上がった俺を、御菜がガバッと抱きしめた。
そして、小さな声でよかった……と言うのが聞こえた瞬間、耳鳴りがやんだと同時に力が抜けていった。

「み、御菜!?」

まるで俺と入れ替わるようにして倒れこんでしまった御菜。
さっきまで威圧感を放っていた羽も、力なく先端が地面に触れていた。

「………………」

この光景を、完全に理解することのできなかったクラスメートがただ見つめていた。
ただ解ったことは、危機は回避されたと言うことぐらいじゃないだろうか。
俺にホウキをぶつけた二人組も、それが分かった瞬間ヘナヘナと崩れ落ちるように力なく崩れていった。

「い、磯原……」

いつの間に来ていたのか、先生が俺に話しかけてきた。

「こ、高麗って一体……」
「すいません、俺の口からは何とも言えないです」
「で、でもその背中から生えてるのって……つ、翼だよな…? って事は高麗は人間じゃな……」
「……先生、人間とかそんなのは関係ないですよ。御菜がなんであろうと、御菜なんです。そして俺は、御菜を大事に思ってる。それでいいじゃないですか」

俺は、いつか御菜に言った言葉を口に出した。
人間とか天使なんて、関係ないんだって事。
ただ大切なのは、お互いを思う気持ちだって事を。

「………………」

しばらく無言でいた後、急にクラス全体に言い聞かせるように言った。

「みんな聞いてくれ。今起こったこと、絶対に口外禁止だからな。今回はマジだぞ。クラス壊したくなかったら絶対に言うな。いいな!」
『は、はい……』
「それと、今回の出来事。原因はなんだ」
「そ、それは……俺とコイツでチャンバラごっこしてたら、ホウキが磯原に当たっちゃって……そしたら、高麗さんが……」
「つまりは、高麗がキレたのはお前ら二人ってワケだな」
「は、はい……」
「二人とも、後でちゃんと謝っておけよ」
「わかりました……」
「最後に、高麗のことだが……お前達は、高麗をクラスメートだと思ってるな」

コクン、と頷くクラスメート達。
先生は一体何が言いたいんだろう?

「それは変わりないな」

コクン

「じゃあ何も言わない。俺からは以上だ。それじゃ、吹き飛んだ机を元に戻して、帰りのホームルームはじめるぞ。それと磯原」
「あ、はっはい」
「高麗と一緒にいてやれ。俺が許すからベランダで休んでろ。教室内少しホコリっぽくなるから」
「先生……」
「俺は、差別なんてしないさ」

そう言って、ニッと歯を出して笑った。
…先生がクラスで人望あるのが、ほんの少しだけわかった気がした。



ガタガタと、室内で机の動く音がする。
俺は倒れたままの御菜と共にベランダにいた。
雨は降ってない。いつの間に止んでいて晴れ間も見えていた。
日向ぼっこには、ちょうどいいかな。

ズキズキッ

「っ……」

後頭部にまだ痛みが走る。
さっきは他の事で頭がいっぱいだったから気がつかなかったけど、まだこの感覚は治ってなかったみたいだ。
俺も少しだけ休もうかな…。
少しだけ休んでから、御菜を背負って帰ろうかな。
メイワク、かけまくってるからなぁ。

ゴメンな、御菜。
そして、ありがとう……。



ガラガラガラッ!

急にドアが開いた。

「お、おい!」

全員がドアの方へと目を向けると、そこには隣のクラスの生徒と思われる男子生徒が目を大きく見開いていた。

「掃除する時に見えたんだけど……い、今ベランダにいる人……背中から、羽みたいのが生えてるぞ!?」

それを聞いてドキッとなる面々。
ベランダにいる背中から羽の生えてると言うのは……誰と考えなくてもすぐに頭に浮かんでくる。
その人は、自分達のクラスメートで、一人の男子の恋人である……

「ど、どうなってるんだよ!」

半分興奮気味の生徒に向かって、誰かが言った。

「おまえさぁ、なんだかわかんないけど、何か勘違いしてないか?」
「はぁ? 勘違いって…なんだよ」
「言っとくけど、アレ本物じゃないぞ? 今度うちのクラスで劇やる事になってさ〜。その衣装なんだよ。彼女、スッゲー気に入っちゃってさ。ずっとつけたまんまなんだ。そこの国府津が作ったんだけどさ。なぁ、国府津?」
「えっ?! あ、おっおう……これでも美術部だからな!」
「劇の練習に力入れすぎて疲れたんだとさ。だから、相手役の磯原とベランダで休憩ってワケよ。OK?」
「は、はぁ……そういうことなら……」

あんまり納得いってないらしいが、男子生徒は自分のクラスへと帰っていった。
それを見届けてホッとなる一同。
誰かが機転を利かせてくれたとはいえ、これは結構ビックリする。
そんな事が起こらないためにも、もう高麗さんを怒らせないようにしよう…。
そう誓い直した瞬間でもあった。



つづくッ!


N e x t T o p